東京

飛行機で国内&海外の観光地巡り第二百九十八弾:東京都お城・城下町巡り観光(2)  
2015年1月24日−25日
  

先週に続き大都会、日本の首都東京に足を運び、比較的マイナーなお城8箇所(平塚城、稲付城、志村城、赤塚城、石神井城、勝沼城、戸倉城、檜原城)を巡り観光しました。

24日13:50新大阪駅新幹線のぞみで出発
16:20東京駅到達、タクシーでプリンス・パークタワー東京に向かう。
16:50プリンス・パークタワー東京到着。
17:30プリンス・パークタワー東京で講演会に出席。
19:30終了、就寝。
25日7:40タクシーで東京駅八重洲に向かう。
7:50東京駅八重洲に到達、レンタカーで城めぐり。

平塚城:平塚神社付近は、平安時代に豊島郡を治める郡衙のあった場所だと推定されていますが、平塚明神并別当城官寺縁起絵巻(北区指定有形文化財)の伝承によれば、この時代の末期には、秩父平氏庶流の豊島太郎近義という人物が平塚城という城館をつくります。
 平塚城は源義家が後三年の役で奥州に遠征した帰路の逗留地で、義家は近義の心からの饗応に深く感謝し、使っていた鎧と守り本尊の十一面観音を下賜しました。近義は義家が没した後、城の鎮護のために拝領した鎧を城内に埋め、この上に平たい塚を築き、義家兄弟の三人の木像を作り、そこに社を立てて安置したと伝えられています。これが本殿裏側の甲冑塚とも呼ばれる塚で、平塚の地名の起こりともいわれます。鎌倉・室町時代の平塚城は、この地域の領主であった豊島家代々の居城となりましたが、文明十年(1478)一月、泰経の時代に太田道灌によって落城してしまいます。
 江戸時代、上中里村出身の針医で当道座検校でもあった山川城官貞久は、三代将軍家光の病の治癒を平塚明神に祈願し、家光は程なく快復します。感謝した貞久は、みずからの資金で平塚明神の社殿と別当の城官寺を再興した。

稲付城:稲付城跡は現在の静勝寺境内一帯にあたり、太田道灌が築城したといわれる戦国時代の砦跡です。
 昭和六十二年(1987)、静勝寺南方面でおこなわれた発掘調査によって、永禄年間(1558−1569)末頃から天正十年(1582)頃に普請されたとみられる城の空堀が確認されました。
 また、静勝寺に伝存する貞享四年(1687)の「静勝寺除地検地絵図」には境内や付近の地形のほか、城の空堀の遺構が道として描かれており、稲付城の城塁配置を推察することができます。
 この付近には鎌倉時代から岩淵の宿が、室町時代には関が設けられて街道上の主要地点をなしていました。稲付城は、その街道沿いで三方を丘陵に囲まれた土地に、江戸城と岩槻城を中継するための山城として築かれたのです。
 道灌の死後、この城には孫の資高が居城し、後に後北条氏に仕えました。その子康資は後北条氏の家臣として岩淵郷五ヶ村を所領しました。
 明暦元年(1655)に道灌の子太田資宗は静勝寺の堂舎を建立し、道灌とその父資清の法号にちなんで寺号を自得山静勝寺と改めました。その後も江戸時代を通じて太田氏は、太田道灌の木像を安置する道灌堂や厨子を造営するなど静勝寺を菩提寺としていました。

志村城:後朱雀天皇の長久三年(1042)この地の豪族志村将監が紀州熊野より勧請したものと伝えられています。
 天喜年中八幡太郎義家が父頼義と共に奥州追討のとき武運長久の祈願をしました。
 康正二年(1456)千葉隠岐守信胤が、西部に城砦を築き城内鎮守として厚く崇敬しました。社殿西側の低地は本丸と二の丸との間にあった空濠の跡です。

赤塚城:赤塚城跡は、この公園の南の台地上に位置する室町時代の城跡です。現在は、大部分が都立公園となっており、城山、お林山などとも呼ばれています。
 ここは、康正二年(1458)に千葉自胤(よりたね)が入城したと伝えられ、現在でも空堀や土塁の跡を見ることが出来ます。北、東、西の台地の三方は、自然の谷で区画され、北側の溜池は、それらの谷のしみだし水をたたえています。
城跡の北側に開ける高島平は、江戸時代、徳丸ヶ原と呼ばれた原野でした。ここで天保十二年(1841)、高島秋帆が洋式の砲術訓練を行ったことが、高島平の地名の由来となっています。明治時代以降は開墾され、徳丸田んぼと呼ばれる一面の水田地帯となりました。この時溜池の水は、灌漑用水として利用されています。

石神井城:石神井城は、平安時代末期から室町時代中期まで、現在の台東区、文京区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、足立区、練馬区などやその周辺地域に勢力を持っていた豊島氏の居城の一つです。
 城の築城は、鎌倉時代後期と考えられ、文明九年(1477)四月二十八日に太田道灌に攻められ落城し、廃城になりました。「太田道灌状」によれば、最後の城主豊島泰経は、石神井城落城の後、平塚城(北区西ヶ原)に敗走し、その翌年の一月二十五日、再び道灌に攻められ小机城(横浜市)に逃げています。その後の泰経の足取りは、記録として文献には残っていません。
 城は、石神井川と三宝寺池に挟まれた台地に築かれており、全体では九ヘクタール前後の規模であったと推定されています。当時の城は、土塁と壕で土地を四角形に区画した場所(郭)をいくつか築き、防御施設としていました。例えば、城の東側は、ここより約100メートル程の場所に幅7メートルほどの壕で区画されていたと考えられ、西側は、ここより約220メートル程の場所に幅9メートル程の壕と土塁で区画されていました。また、北側と南側は、三宝寺池と石神井川という自然の地形を利用して防御されていました。

勝沼城:正確な築城時期は不明だが、鎌倉時代の末期にこの「杣の保」(青梅市周辺)を支配した三田氏の居城であった。三田氏は平将門の後裔を名乗っているが定かではない。
室町期の三田氏は関東管領・山内上杉氏の被官となった。永正六(1509)年には連歌師の宗長が勝沼城の三田弾正忠氏宗を訪問していることが「東路の津登」に記されている。小田原北条氏の侵出により一時北条氏の配下になったが、永禄三(1560)年の上杉謙信の関東出陣に呼応して、翌永禄四(1561)年の小田原城包囲戦に参加している。謙信が越後に帰陣したのちは武蔵周辺の豪族の多くは北条氏にふたたび降ったが、三田氏は頑強に抵抗し、滝山城の北条氏照の攻撃を受ける。永禄六(1563)年にはこの勝沼城を放棄、辛垣城に籠城し抵抗するがこれも翌永禄七(1564)年に落城、三田綱秀は太田資政を頼って岩槻城に陥ち延びたが、そこで自刃して三田氏は滅亡した。三田氏滅亡後は師岡山城守将景が入城し、「師岡城」と改称したが、天正十八(1590)年の小田原の役で落城し廃城となった。

戸倉城:築城年代は定かではない。 戦国時代には伊豆国と駿河国の境目の城として重要視された。
駿河国に侵攻した武田氏と小田原北条氏は戸倉城で戦い、天正8年(1580年)頃には武田勝頼が三枚橋城を拠点に小田原北条氏の戸倉城を攻め、天正9年(1581年)笠原範定が武田氏に寝返り、戸倉城は武田氏の所領となった。
武田氏が滅亡すると再び北条氏の所領となったが、豊臣秀吉の小田原征伐に対して、北条氏は戸倉城を破棄し韮山城へと退いた。

檜原城:応永二十(1413)年の文書に平山三河入道が甲斐の侵攻に備えるためこの地にいたらしいことが伺われる。平山氏は戦国期に台頭した北条氏に従属し、永禄十一(1568)年に甲相駿三国同盟が崩れた後は、平山伊賀守が滝山城の北条氏照より防備を固めるよう命じられるが、翌永禄十二(1569)年、信玄本隊は碓氷峠を越えて武蔵中央部を南下、小山田信茂の別働隊は小仏峠を越えて滝山城に侵攻したため、檜原城は直接干戈を交えることはなかった。
天正十八(1590)年の小田原の役では平山伊賀守氏重が守備に当たっていたが、六月二十三日に八王子城が落城、氏重は八王子城代・横地監物ほか敗残兵をまとめて前田利家、上杉景勝らの軍勢と奮戦したが敵わず、七月十二日に落城、平山氏重、新左衛門親子は城下千足の「かくれ岩」で自害した。徳川家康の関東入封と同時に廃城となった。

今回の旅行、前回に続いて東京の比較的マイナーなお城を巡り、楽しみました。8箇所のうち5箇所は平城で比較的分かりやすかったが、奥多摩に位置する2つの山城は位置を確認するのが人苦労しました。
東京に位置するお城20箇所を今回で制覇し無事終了しました。










飛行機で国内&海外の観光地巡り第二百九十七弾:東京都お城・城下町巡り観光  
2015年1月17日−18日
 

日本の首都、大都会の東京に足を運び、比較的マイナーなお城11箇所(品川台場、白金長者屋敷、世田谷城、深大寺城、沢山城、小野路城、片倉城、初沢城、松竹城、高月城、滝山城)を巡り観光しました。

17日13:50新大阪新幹線のぞみで出発
16:20品川駅到達、タクシーでザ・プリンスパークタワー東京に向かう。
16:40ザ・プリンスパークタワー東京到着。
17:00講演会に出席、懇親会。
21:00終了、ホテルニューオータニ東京に向かう。
21:15ホテルニューオータニ東京到着、就寝。
18日7:40タクシーで東京駅八重洲口に向かう。
7:55東京駅八重洲口到着、レンタカーに乗り換え出発、お城巡り始める。

品川台場:品川台場の当初築造案によれば、南品川の猟師町から東北方の深川州崎までの2列11基と猟師町の海岸に1基を築造するものとなっていた。しかし、前年の5月に江戸城西の丸が焼失、6月には第12代将軍家慶が逝去するなど幕府の財政を逼迫する出来事が続いたため、計画を縮小した形で作業が進められていった。
 台場の陣形は江川英龍によれば、3つの機能を有していたという。第一は正面から来る敵を「迎え打つ」もの、第二は台場に接近した敵を「横打ち」するもの、そして最後が防御線を突破した敵を背後から「追い打ち」するといったものであった。しかしこれらは当初計画の11基をもとに考案されたことであったので実際にはその機能が生かされてはいないようである。

白金長者屋敷:本園は、古く室町時代に「白金長者」の住まいがあった所と伝えられており、史跡に指定されております。
 本園内には、周囲を囲むように土塁がみられますが、この土塁は園内の多くの土塁の内側にあたっており、この附近に白金長者の住んだ館があったものと思われます。
 ここの前方・左右には、∩型の土塁がみられますが、この土塁は園内の多くがみられますが、この土塁は園内の多くの土塁の内側にあたっており、この附近に白金長者の住んだ館があったものと思われます。

世田谷城:南北朝時代(1331〜1391)の中頃、鎌倉府の支えとして、足利氏の一族・吉良治家が築城したとされ、城域は豪徳寺の境内を含めた台地全体に及んでいたとみられる。
 鎌倉公方足利持氏の時代(1409〜39)の文献によると、鎌倉府における吉良氏は、公方の次の関東管領上杉氏に次ぐ第三位の地位にあって、吉良殿様とか世田谷御所様とか呼ばれ尊敬されていた。
 吉良氏は、小田原の北条氏の勢力が武蔵国に及ぶと、北条の女を室としてその傘下に入っていたが、天正十八年(1590)八代吉良氏朝のとき、豊臣軍に世田谷城を明け渡した。

深大寺城:深大寺城が築城された時期、築城者も明らかになっていない。が、歴史上の文献にその名が出現してくるのは「河越記」「相州兵乱記」「北条記」などである。
 それらによると天文六年四月、扇谷上杉朝定が父朝興の死の跡を継ぎ、北条氏に対抗すべくこの城を再興したが、絶えず劣勢に立たされ、ついには居城河越城とともにこの深大寺城も落城してしまう。
 北条の勢力圏内に入った深大寺城であったが、再利用した様子もないことからどうやらそのまま廃城となったようである。

沢山城:三輪城または沢山(たくさん)城と呼ばれるこの城は現在荻野氏の私有地となっておりますが、ご好意で主郭の一部などが自由に見学することが可能です。ただし団体での訪問が禁止など、さまざまなルールがありますので、お城ファンの方には節度ある訪問をお願いしたいです。城の歴史はあまり詳しくわかっていないようで、この荻野氏の祖先の方などが城主でなかったのか等の諸説があるようですが、少なくとも戦国時代は後北条家の支配化にあったようで、1590年の小田原の役では、この城の兵糧を小田原へ運送するようにとの北条氏照の書簡が残されています。

小野路城:築城年代は定かではないが鎌倉時代に小山田重義によって築かれたと云われる。 小野路城は小山田城の支城といわれ、小山田城主小山田重有の子重義が在城した。
城は万松寺の西側にある丘陵に築かれている。 比較的なだらかな地形で、主郭部に神社が建てられ、北西側一辺に低土塁が残っている。

片倉城:丘陵上に二本の空掘があって二つの郭に分かれている。東の郭が城の主郭と思われ、「武蔵名勝図全」には「空濠深く、南の隅に当たりて堀切の外に高く築き上げたる独立の地あり、物見櫓など構えたるにや」と見える。
 西側の郭は「西の方に表口と見えて坂道の跡あり、平地へ入口のところは左右築地の間ニ、三間切れて見ゆれば、ここは城門口なるべし」とあって、おそらく大手口であったろうと考えられる。
 城の鬼門に住吉社があり、城主と目されている大江備中守師親が長門国住吉神社を勧請したものであると言われるが確証はない。

初沢城:初沢城がいつ誰によって築城されたのか、諸説あり正確にはわかっていない。鎌倉時代にいた幕府重臣、大江氏の流れをくむ長井氏の手によるものだとする説が一番有力である。

松竹城:
築城年代には諸説あり至徳元年(1384)に二宮城から移った大石遠江守信重が築いたというのが一般的である。現在の規模に拡張されたのは戦国時代で古案下道を確保し甲州武田氏を警戒するために拡張されたと考えられる。
 戦国時代末期に後北条氏が八王子城を築いた頃にその出城として再度取り立てられたとも考えられている。この城の別名である新城もそこから来ているのだろう。他の城と同じように天正18年(1590)に後北条氏が滅ぼされたことにより松竹城も役目を終えたのであろう


高月城:長禄二(1458)年に武蔵国守護代の大石顕重によって築かれたといわれる。道興准后が著した「回国雑記」の中に、文明十八(1486)年十一月、招かれて「大石信濃守といへる武士の館」を訪ねたとあるが、これが高月城であるといわれている。大永元(1521)年、大石定重は滝山城を築城し移転したため、高月城は廃城になったといわれる。

滝山城:滝山城は、武蔵国の守護代大石氏(定重・定久)と小田原北条氏の一族(氏照)の居城であり、規模の大きさ、縄張りの複雑さ、遺構の保存状態の良さなどからみて、戦国時代の城郭遺構としては日本有数の遺跡である。
 永正十八(1521)年に大石定重が築城し、高月城から移転したと伝えられており、その後永禄元年(1558)前後に定久の養子として入城した北条氏照によって大改修が行われたと考えられている。
 浸食の進んだ加住丘陵の一角に占地し、複雑な自然地形を巧みに利用した天然の要害であり、特に北側は多摩川との比高50〜80mの断崖をなしていて、北から侵入する敵に対しては鉄壁の備えとなっている。城内は空堀と土塁によって区画された大小30ばかりの郭群が有機的に配置され、外敵の侵入に備えた心配りは実に美事である。
 大石氏時代には、現在本丸と呼ばれている主郭を中心として、二の丸と呼ばれている郭付近までであったと考えられており、小宮郭などその他の郭群は北条氏照時代に拡張されたものと言われている。
滝山城跡に残る見事な空堀  永禄十二年(1569)、甲斐の武田信玄が小田原攻略の途中で、二万の兵で本城を囲み、二の丸まで攻め寄せるほどの猛攻を加えたが、城主氏照を中心に城方もよくこれに耐えて守り抜き、落城をまぬがれたという。しかし、この戦闘の後、氏照は武田に備える戦略上の利点から八王子城を築き、天正十二〜十五(1584〜87)年ころに、その居を移した

16:30終了、中央高速首都高速経由して東京駅に向かう。

17:45東京駅到達。
18:20東京駅新幹線のぞみで出発
20:55新大阪駅到達。

今回の旅行、大都会、首都東京都に足を運び、比較的マイナーなお城11箇所を巡り楽しんできました。
携帯電話で場所を確認しながらの巡り、場所を見つけるのが一苦労ですが、なんとか所在を確認して巡ることが出来ました。










 飛行機で国内&海外の観光地巡り第二百六十三弾:東京都路面電車観光
2014年2月8−9日
  

大都会東京に足を運び、現在運行中の2つの路面電車、東急電鉄田園都市線の三軒茶屋と京王電鉄京王線下高井田を結ぶ全長5kmの路線で、路面電車の仲間ではあるものの併用軌道区間はなく、全区間が専用軌道となっている東京急行電鉄世田谷線、30か所ある停留所には、お寺や神社、著名人のお墓といった、歴史を紐解きながら散歩できる都電荒川線に乗車し車窓で東京の下町を望み観光しました。

8日15:00新大阪新幹線のぞみで出発
17:26品川駅到達、JR山手線経由して
17:42五反田駅到着、付近のホテル到着後、近くの繁華街で食事を済ませてから就寝。
9日8:00出発
8:04五反田駅JR山手線で出発、
8:20渋谷駅で東急田園都市線に乗車し
8:23三軒茶屋下車
8:30三軒茶屋東急世田谷線で出発
世田谷線は当社唯一の軌道線です。以前は 旧玉川線(通称:玉電)の一部でしたが、1969年5月、同線の渋谷〜二子玉川園間が廃止された際、三軒茶屋〜下高井戸間が独立して残り、名称も世田谷線となりました。その名のとおり、世田谷区民の身近な足として親しまれています。車両は低床式の更新車両300系で、連接の2両編成で運行しています。

8:47下高井田駅到着
9:02下高井田駅京王線で出発
9:15新宿駅到達
9:22新宿駅JR山手線で出発
9:26高田馬場駅到達
9:39高田馬場駅前都営バスで出発
9:47グランド坂下駅到達
9:54早稲田駅都電荒川線で出発

荒川線は、東京都交通局を事業主体とする、東京都荒川区南千住一丁目の三ノ輪橋駅から同新宿区西早稲田一丁目の早稲田駅までを結ぶ東京都電車(都電)の軌道路線である。かつて東京都23区内を中心に多距離・多路線を展開していた都電路線の大半が廃止された後も、唯一現存する路線である。東京都23区内で営業を行う軌道線は、同じ都営の日暮里・舎人ライナー、ゆりかもめの軌道扱いの部分をのぞけば、当線と東急世田谷線を残すのみとなっている。当線の大部分は専用軌道を持ち、各道との平面交叉点をのぞけば、車道と区分されていない併用区間は明治通り(国道122号)上の王子駅前 - 飛鳥山間のみである。かつては小台 - 宮ノ前間にも併用区間が存在したが、道路拡幅により軌道と車道が分離され消滅した。この区間を含む小台 - 熊野前間においては道路中央部分に準専用軌道を敷設するセンターリザベーション方式が採用されている。

11:04三ノ輪橋到達、
三ノ輪駅東京メトロ日比谷線で出発
上野駅到達
上野駅京浜東北線で出発
東京駅到達
13:00東京駅新幹線望むで出発
15:40新大阪駅到達

今回の旅行、大都市東京に足を運び、2つの路面電車、東急世田谷線、都電荒川線を乗車し車窓から東京下町の風景を望みました。
当日生憎大雪、雪国でも訪れたような町は雪景色でいっぱい、都電荒川線沿いにある名所を散策予定でしたが断念、2つの路面電車の車窓からの風景を望むのみとなりました。








飛行機で国内&海外の観光地巡り第二百三十六弾:東京渋谷・原宿・新宿・池袋観光めぐり
2013年7月6ー7日


日本の首都東京に足を運び、渋谷・原宿・新宿・池袋・秋葉原・皇居北西エリアを訪れました。

6日13:17新大阪新幹線のぞみで出発
15:46品川駅到達、京浜急行線に乗り換え、大森海岸駅下車

約450種1万点の海や川に棲む生き物たちが迎えてくれる水族館。自慢のトンネル水槽には、シマアジやハタなど1000匹の魚が群れ泳ぎ迫力満点。ダイナミックなイルカショーや、愉快なアシカショーも楽しめる。アザラシ館も見逃せないしながわ水族館を見学。

東京モノレール東京シティ競馬前駅に乗車、浜松駅でJ山手線に乗り換える。
恵比寿駅下車

約1世紀にわたってビール造りが行われてきたビール工場の跡地が、水と緑の街「恵比寿ガーデンプレイス」として生まれ変わったことを記念して作られた企業ミュージアム。ビールの歴史や作り方を学べるほか、テイスティングラウンジもある恵比寿ガーデンプレイスを訪れる。

山手線恵比寿駅乗車、渋谷下車

渋谷に最新デジタル式投影機を備えた「コスモプラネタリウム渋谷」が復活。美しい星空や宇宙や地球に関する臨場感あふれる映像を楽しむことができるコスモプラネタリウム渋谷を訪れる。

18:00池尻大橋駅付近のホテル到着後、繁華街を散策して食事を済ませて就寝。

7日7:00東急田園都市線池尻大橋駅乗車渋谷に向かう。
渋谷到達

番組制作の舞台裏や最新技術による映像などいろんな展示物を見たり、番組収録のようすを見学することができます。スーパーハイビジョン上映や歴代のNHK大河ドラマの展示、アニメのアフレコ体験などもでき、大人も子どもも存分に楽しめるテーマパークですNHKスタジオパークを訪れる。

地上34階、地下4階の高層複合施設で、鉄道8路線が乗り入れる日本有数のターミナルである渋谷駅東口に位置します。都内初のプラネタリウムや画期的な大劇場「パンテオン」をはじめとした複数の映画館などで構成され、最先端のライフスタイルを提案してきたかつての東急文化会館のDNAを引き継ぎ、中層部の文化施設には約2,000席の本格的ミュージカル劇場、情報発信性の高い様々なイベントに最適な1,000uおよび300uのイベントホール、才能あふれるアーティストの表現の場「クリエイティブスペース」を設置しています渋谷ヒカリエを訪れる。

明治通りを歩いて原宿に向かう。
原宿到達

JR山手線原宿駅西側に広がる広大な境内地。1920年(大正9)の創建で、明治天皇、昭憲皇太后を祀る神社。初詣の参拝者数は、29年間連続日本一。国民からの献木約10万本によって造成された代々木の杜約70万平方mは、緑深く心に安らぎを与えてくれる明治神宮を散策する。

原宿駅竹下口の正面から明治通りまで、約400mの細い通り。タレントショップや洋服屋、雑貨店などがひしめき合う若者に人気の通りの竹下通りを訪れる。

表参道を中心に左右に伸びる旧渋谷川の上を走る曲がりくねった道。表参道の北側は、裏原宿の中心地帯。若手デザイナーによる個性的な店が点在する。南側は徒歩15分ほどで渋谷へと抜ける遊歩道キャットストリートを訪れる。

千代田線、副都心線経由して新宿に向かう
新宿到達

信州高遠藩主・内藤家の下屋敷跡。1879年(明治12)5月新宿植物御苑と名称を変え、「国民公園新宿御苑」として戦後に一般公開された。広さは58.3haほど。周囲3.5kmの園内には整然としたフランス式整形庭園、広々とした芝生のイギリス風景式庭園、池泉回遊式日本庭園などが点在。1〜5月のサクラやツツジ、11月の菊花壇など、年間を通して美しい花が咲く新宿御苑を訪れる。

1日最大6公演。テレビで見かける人気者や吉本新喜劇・スペシャルコントが出演する公演から、注目株の若手芸人の出演するイベント、オールナイトライブまで毎日開催。とにかく笑いたい方は必見、必笑のルミネtheよしもとを訪れる。

新宿西口の顔として定着した東京都庁。45階の展望室では地上202mの高さから東京が一望でき、多くの人が訪れる東京都庁を訪れる。

JR山手線新宿駅乗車池袋に向かう。
池袋到達

サンシャイン60の地下1階から、高速エレベーターに乗ってわずか35秒。海抜251mの60階にある展望台からは、360度の大パノラマで東京が一望できる。天気が良ければ、富士山や伊豆半島、遠く日光の山並みも見渡せるサンシャインシティを訪れる。

JR山手線池袋乗車、秋葉原に向かう。
秋葉原到達

500軒を超える店舗がひしめきあう日本一の電気街、秋葉原。その歴史は戦後の闇市にさかのぼり、家電商品から部品まで、電気に関するものならなんでも安く揃うことで知られている。現在ではパソコンやデジタル機器などを扱う店が圧倒的に多い。また、プラモデルやフィギュアなどの店も増えている秋葉原電気街を訪れる。

総武線秋葉原駅乗車、飯田橋駅下車

江戸時代、伊勢神宮への参拝は人々の生涯かけての願いでした。明治の新国家が誕生すると、明治天皇のご裁断を仰ぎ、東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建された当社は、最初日比谷の地に鎮座していたことから、世に「日比谷大神宮」と称されていました。関東大震災後の昭和3年に現在地に移ってからは「飯田橋大神宮」と呼ばれ、戦後は社名を「東京大神宮」と改め今日に至っております東京大神社を訪れる。

1869年(明治2)の創建。幕末から大東亜戦争まで、246万6000余柱を超える戦歿者の霊がまつられている。境内の遊就館では、宝物や御祭神の遺品などを展示。境内には600本以上の桜の木があり、多くの参拝者が訪れる。毎年気象庁が発表する東京のサクラの開花予想は、ここのソメイヨシノの開花状況を調べて発表されている靖国神社を訪れる。

もともとは旧近衛師団などの建物が立っていたが森林公園として整備され、1969年(昭和44)に一般に開放された。周辺部にはクスノキやタブノキなどの常緑樹、中央部には芝生と池、その周辺にケヤキやクヌギなどの落葉樹や花木が植えられている。公園横には、東京国立近代美術館が、園内には科学技術館、日本武道館などもある。田安門、清水門[しみずもん]は国の重要文化財に指定されている北の丸公園を訪れる。

絵画・彫刻・水彩画・素描・版画・写真など、およそ9,500点の美術作品を所蔵しています。これらのコレクションの中から180〜250点の作品を選び、20世紀初頭から現代に至る日本の近代美術の流れが概観できるよう、4階から2階の所蔵品ギャラリーで展示しています東京近代美術館を訪れる。

校倉造を模した重厚な外観で有名。大劇場と小劇場からなる。伝統芸能の保存・振興を目的として1966年(昭和41)に開場。大劇場では歌舞伎、小劇場では文楽や邦楽、舞踊など、また隣接する国立演芸場では落語や漫才などの公演が行われている。敷地内に伝統芸能情報館もある国立劇場を訪れる。

日本の政治の中心である国会議事堂。正面向かって右が参議院、左が衆議院。1920年(大正9)の着工後、17年もの歳月をかけて1936年(昭和11)に完成した。建物には全国から集められた3万トン近くの花崗岩や大理石が使われ、延べ254万人もの人々が携わった国会議事堂を訪れる。

地下鉄丸の内線国会議事堂前駅乗車、東京駅下車
18:30東京駅新幹線のぞみで出発
21:06新大阪駅到達。

今回の旅行、日本の首都東京に足を運び、時計回りで渋谷・原宿・池袋・新宿・秋葉原の観光名所を歩き回り、最後に飯田橋から南下し皇居北西エリアの観光名所を巡りました。

今回で東京をほぼ制覇しました。
















飛行機で国内&海外の観光地巡り第二百二十二弾:東京都銀座&お台場&六本木赤坂巡り
2013年2月23ー24日


23日13:37新大阪新幹線のぞみで出発
16:13東京駅到達、山の手線で有楽町下車、銀座を散策する。

日本最大の繁華街であり下町の一つでもある。東京屈指の高級な商店街として、日本国外においても戦前よりフジヤマ、ゲイシャ、ミキモト、赤坂などとともに知られる。「銀座」の名は一種のブランドになっており全国各地の商店街には「○○銀座」と呼ばれる所がそこかしこに見受けられる。銀座の地名の由来は江戸時代に設立された貨幣の鋳造所のことで、慶長6年(1601年)に京都の伏見に創設されたのが始まり。後1800年に東京の蛎殻町に移転して以来、元の「新両替町」の名称に代わり「銀座」として親しまれるようになり、この地名が定着した。また、銀座四丁目交差点周辺は商業地として日本一地価の高い場所としても知られる。

日本初の都市計画による洋式公園として、1903年(明治36)に開園。平日は周辺に勤める人たちの憩いの場として、休日には家族連れで賑わう。16haの園内では四季折々の花が楽しめ、4月には1万株ほどのチューリップが咲き誇る。5・11月に開花するバラも種類が多く豪華。日比谷公会堂、日比谷公園大音楽堂(通称ヤオン)、図書館、テニスコートなどの施設もある日比谷公園を散策する。

新橋駅で山手線に乗り五反田下車。
五反田駅前のホテル到着後繁華街を散策し食事を済ませて就寝。

24日7:00五反田駅山手線で出発、品川駅下車。
水族館を中心とした、大型屋内エンターテインメント施設。約350種1万点もの海の生き物が展示されている。なかでもイルカのパフォーマンスは水族館の目玉。円形プールを360度ぐるりと囲む観客席で、イルカたちの迫力あるジャンプが楽しめる。4種のアトラクションのほか、レストランやカフェ、ライブホールも併設するエプソン 品川アクアスタジアムを訪れる。

品川駅山手線で出発大崎駅でりんかい線に乗り換えお台場に向かう。

お台場東京テレポート駅下車。

科学の面白さを頭と体で体験できるサイエンスミュージアム。館内は科学の原理原則が学べるサイエンスワンダーと、最先端のデジタル技術がゲーム感覚で体験できるデジタルドリームの2つのエリアで構成。なかでも恒星投影機で約170万個の星を再現し、美しい星空を間近で見られるプラネタリウムはおすすめだ。手で光やリズムを操る「サウンドカオス」などデジタルコンテンツが盛りだくさん。科学がぐっと近くなる、大人も楽しめるサイエンススポットのソニー・エクスプローラサイエンス[メディアージュ]を訪れる。

白砂のビーチが広がるお台場海浜公園。海水浴はできないが、夏は日光浴やウインドサーフィンを楽しむ若者が集まる。正面にレインボーブリッジが望め、特に夜景がみごと。マリンハウスやトイレも完備されているお台場海浜公園を訪れる。

5階の「きっかけストリート」と、25階の「はちたま」を開放。放送中のドラマに関する展示やバラエティ番組のミニセットがあるほか、運がよければ収録風景が見られるフジテレビ本社ビルを訪れる。

海と船の文化がテーマの博物館。帆船や蒸気船、エンジンの模型などを展示し、船のしくみや歴史について紹介。屋外には、初代南極観測船「宗谷」や青函連絡船「羊蹄丸」が係留されている船の科学館を訪れる。

宇宙飛行士の毛利衛氏が館長の科学館。参加体験型の展示を行い、インタープリター(展示解説員)やボランティアとの交流を通して、科学を身近に感じてもらうことをコンセプトにしている。イベントや実験工房もおすすめ。家族連れで楽しめる日本科学未来館を訪れる。

パレットタウン内にあるライブハウス。スタンディングで約2700人を収容できる規模は、世界でも最大級。国内外の大物アーティストがライブを繰り広げているZepp Tokyo[パレットタウン]を訪れる。

ゆりかもめ青海駅乗車、豊洲駅下車、散策。

月島西仲通り商店街を中心に、約70店舗のもんじゃ店が連なる「もんじゃ激戦区」。どの店も個性的な味を競っているもんじゃストリートを通過する。

月島駅都営大江戸線下車、汐留駅下車。

隅田川河口にあり、都心とは思えない風雅な雰囲気の庭園。入口は大手門口(新橋側)と中の御門口(汐留側)。徳川将軍家の別邸があった代表的な江戸時代の大名庭園で、潮入の池に浮かぶ中島の御茶屋で味わう抹茶(和菓子付)も人気。園内に水上バスの発着場もある浜離宮恩賜庭園を散策する。

カレッタ汐留内にある「劇団四季」の大型劇場。約1200席を備え、話題作を次々に上演している。2階客席は1階フロアの中程までせり出し、客席全体で舞台の臨場感をリアルに楽しめる電通四季劇場[海][汐留シオサイト]を訪れる。

浜松町に向かう。

高さ333m。1958年(昭和33)の完成以来、言わずと知れた東京観光のシンボル。大展望台(地上150m)と特別展望台(地上250m)からは、富士山や筑波山、東京の街が一望に見渡せる。水族館やレストランなどのスポットも充実。毎週水・木曜は大展望台でライブが開催される。夜になってライトアップされる姿も美しい東京タワーを訪れる。

赤羽駅都営大江戸線で乗車、六本木駅下車。

六本木ヒルズ森タワーの52階に位置する展望台。海抜250m、周囲に視界をさえぎるものがない恵まれた立地から、ダイナミックに都内の眺望が楽しめる東京シティビュー[六本木ヒルズ]を訪れる。

森タワー53階に位置する美術館。写真、建築、デザインなど幅広くコンテンポラリーアートを紹介するほか、様々なかたちでアートを楽しめるパブリックプログラムも数多く開催。22時まで開館(火曜は17時)しているので、気軽に足を運べる森美術館[六本木ヒルズ]を訪れる。

六本木ヒルズ内にあり、1階部分が一般開放されている。ガラス張りのアトリウムは吹き抜けになっていて、看板番組のパネルがずらりと並ぶ。また、テレ朝グッズや、人気番組のオリジナルグッズが買えるショップや毛利庭園を一望できるカフェも併設するテレビ朝日を訪れる。

全国で5番目の国立美術館。所蔵コレクションを持たず、多彩な企画展や公募展などを開催する。波打つようなガラス張りの外観が印象的な建物は、世界的建築家・黒川紀章氏の設計。佐藤可士和氏デザインのロゴ入りオリジナルグッズを販売するショップや、ポール・ボキューズ氏が手がけるフランス・リヨンの三ツ星レストランが「ブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼ」としてリヨン以外に初出店するなど、美術鑑賞以外でも楽しむことができる国立新美術館を訪れる。

赤坂見附から東京ミッドタウン内に移転。絵画・陶磁・漆工・ガラス・染織など国宝・重要文化財を含む約3000件を収蔵し、「美を結ぶ。美をひらく。」をミュージアムメッセージに様々な企画展を開催する。建物は隈研吾氏設計の「和のモダン」を基調にした空間。ミュージアムショップとカフェが一体となった「shop×cafe」のほか、茶室「玄鳥庵」もあるサントリー美術館[東京ミッドタウン]を訪れる。

赤坂駅千代田線乗車、国会議事堂駅で丸ノ内線に乗り換え東京駅に向かう。

17:45東京駅到達
18:30東京駅新幹線のぞみで出発
21:06新大阪駅到達。

今回の旅行、日本の首都大都会の東京に足を運び、都内は前回浅草上野巡り以来2回目の訪れで、銀座、お台場・六本木赤坂をひたすら歩いて巡りました。

ウオークマンをつけて音楽を聴きながら長時間の散策、時間を忘れ苦痛なく楽しく歩くことができました。

散策にはウオークマン貴重ですね。長時間の散策しんどさ感じません。楽しめます。

次回の都内散策は渋谷・新宿・池袋を予定しています。


















飛行機で国内&海外の観光地巡り第二百十六弾:東京都押上&浅草&上野観光
2012年11月24ー25日


大都会、日本の首都東京に足を運び、東京の新ランドマーク、東京スカイツリーの足元には、商業施設などが集まる新しい町が出現、日本で最も旬な一大タウン押上 、浅草寺を中心とする活気に満ちた観光エリア、江戸文化の発祥地として知られ、食や芸事など、様々な文化がいまもなお発信され続ける娯楽の宝庫、浅草、東京の北の玄関口として栄える歓楽街、パンダフィーや、激安ショッピングで人気のアメ横、上野を訪れました。

24日13:17新大阪駅新幹線のぞみで出発
15:53東京駅到達、丸の内周辺を散策する。

1914年(大正3年)に創建された東京駅丸の内駅舎は、辰野金吾により設計され、その堂々たる姿で、多くの人々に愛されてきました。しかし、1945年(昭和20年)、戦災により南北のドームと屋根・内装を焼失。戦後、3階建ての駅舎を2階建て駅舎に復興した、そんな歴史的建造物を現代に復活させるべく、2007年から、当時の文献を元に復元を開始し、2012年10月に復元が完了した東京駅丸の内駅舎を訪れました。

石畳や路面街路樹が美しい世界有数のブランドショップや高感度なセレクトショップが集まる丸の内のメインストリート。通り沿いのショップには美しいシューズやウェア、ジュエリーが並び、歩くだけで高級感あふれる時間が過ごせる丸の内仲通りを訪れる。

ロングセラーの作品集『にんげんだもの』などの書籍を通じ、多くの人に感動を与えた書家・詩人の相田みつを。約700坪の館内には、常時約100点の作品を展示している相田みつを美術館を訪れる。

皇居前広場として知られ、美しい芝生に立つクロマツが印象的。江戸時代には、西の丸下とよばれ、重臣たちの邸宅が置かれていた。しばらく進むと、皇居のシンボル二重橋が見えてくる。また、馬場先門の近くには楠正成の銅像が立つ。広場の南側にある桜田門(重要文化財)は、1860年(万延元)に大老井伊直弼が水戸薩摩浪士によって暗殺された桜田門外の変が起こった場所がある皇居外苑を訪れる。

皇居外苑の皇居前広場から正門を通って宮殿にいたる濠には、2つの橋がかかっている。手前がめがね橋として親しまれている正門石橋。奥がかつて橋が二重構造であったためにもとは二重橋とよばれていた正門鉄橋。現在ではこの2つの橋を総称して二重橋とよんでいる。皇居一番の記念撮影スポットだ。普段は閉鎖されているが、新年や天皇誕生日の一般参賀の際にはここを通って宮殿前の広場に入る二重橋[皇居外苑]を訪れる。

地下鉄で江東区に向かう。

国内外の現代アートの作品約4000点を収蔵。そのうち百数十点を展示する。現代美術の流れを体系的に紹介。年に数回展示替えを行うほか、様々なジャンルの国際的スケールの企画展も開催している。美術図書館やミュージアムショップ、レストランカフェなどもある東京都現代美術館を見学。

地下鉄で両国に向かう。

江戸・東京の歴史と文化を紹介する博物館。常設展示は江戸・東京・第2企画展示室の3つのゾーンで構成。復元された実物大の日本橋や芝居小屋、当時の町並みなどの模型が見られる。図書室や映像ライブラリーも楽しめる江戸東京博物館を訪れる。

回向院隣にあったが戦後進駐軍に接収され、興行が蔵前国技館になった。両国に戻ったのは1985年(昭和60)のこと。年6回行われる本場所の開催期間はそれぞれ15日間。そのうち東京での開催は1・5・9月の3回。相撲博物館も併設する国技館を訪れる。

歩いて日本橋のホテルに向かう。

ホテル到着後繁華街を散策し食事を済ませて就寝。

25日7:00地下鉄で押上に向かう。

2012年5月22日オープン。2011年3月18日に高さ634mに達し、世界一高いタワーになった。伝統的日本建築の「そり」や「むくり」などを意識した造形や五重塔の心柱制振システムを現代に再現した工法が採用され、色も藍白を基調にした「スカイツリーホワイト」が用いられている。日本の伝統美が反映された東京スカイツリーを真下から見上げると、その圧倒的な大きさにきっと驚く東京スカイツリー(R)を訪れる。

歩いて浅草に向かう。

隅田川沿いにあり、江戸時代から桜の名所として知られる。隅田堤に植えられた約700本の桜が花開く春には、大勢の花見客で賑わう。吾妻橋から続く園内は、遊歩道が巡らされた格好の散策コース。X形をした桜橋からは、眼下に隅田川の眺めが楽しめる隅田公園を訪れる。

浅草寺入口にそびえる総門。度重なる火災に見舞われ、現在の門は1960年(昭和35)に再建されたもの。切妻造の高さ11.7mの堂々たる八脚門には、風神と雷神が安置される。提灯が吊り下げられた日本情緒あふれる名所は国際的にも知られ、外国人の姿も多い風雷神門(雷門)を訪れる。

雷門から宝蔵門へと続く、250m余りの参道。雷おこしや人形焼きの銘菓店、みやげ物店などが両側に軒を連ね、毎日が縁日のような賑わいを見せる。江戸時代から商いをする店も多く、下町情緒たっぷり。東京みやげ探しのほか、ぶらぶら見て歩くだけでも楽しい。閉店後の「シャッター絵巻」も、新しい仲見世の見ものの仲見世通りを訪れる。

628年(推古天皇36)の創建で、都内最古といわれる。江戸時代には徳川家康が幕府の祈願所に指定し、下町文化の中心的存在に。雷神、風神像の雷門、本堂外陣の天井絵、境内にそびえる五重塔など、みどころも多い浅草寺(浅草観音)を訪れる。

下町のお笑いの殿堂として知られる浅草唯一の寄席。落語、漫才、ものまね、奇術など、バラエティに富む演芸が気軽に楽しめる浅草演芸ホールを訪れる。

歩いて上野に向かう。

上野駅公園口前から、鴬谷駅の西側に広がる。1868年(慶応4)の彰義隊の戦いで堂塔がほとんど消失した寛永寺の境内で1873年(明治6)には日本で最初の公園に指定。1924年(大正13)に当時の東京市が宮内省から下賜され、都市公園として整備。春にはソメイヨシノ、ヤマザクラが咲き乱れ、都内有数のサクラの名所でもある上野恩賜公園を訪れる。

1972年(昭和47年)に開館し、西郷隆盛像のすぐ近く、上野公園の木立に囲まれた緑豊かな美術館。独自の企画展として高松宮殿下記念世界文化賞受賞作家の紹介を行うほか、美術や書道団体などにも利用され、多くの人に親しまれている。また、「上野の森美術館大賞展」や「VOCA展」などによる現代美術作家の育成や、アート
スクールなどの活動にも力を入れている上野の森美術館を訪れる。

故・松方幸次郎のコレクションを中心に、中世末期から20世紀初頭までの西洋美術作品を収蔵。ロダン、モネ、ルノワールなど、ヨーロッパ近代美術を代表する作品が展示されている。本館はル・コルビュジエの設計だ。年に数回、企画展も開催している国立西洋美術館を見学。

地球館では、最新の研究結果に基づき恐竜や剥製、零戦、人工衛星などが展示され迫力満点。日本館では日本の自然や、日本人の歴史がクラシカルな建物の中で体感可能。家族みんなで楽しめる博物館、国立科学博物館を訪れる。

日本をはじめ、東洋全般にわたる美術品や考古遺物を展示する博物館。収蔵件数は11万件にものぼり、国宝91件、重要文化財600件以上を擁する。本館(重要文化財)は日本の美術・工芸品を展示。東洋館ではアジア・エジプトなど東洋の美術や考古遺物を展示している。明治洋風建築を代表する表慶館(重要文化財)や鳥取藩池田家江戸屋敷正門(重要文化財)のほか、本館北側には日本庭園(春・秋期のみ公開)もある東京国立博物館を見学。

東京藝術大学付設の美術館。平櫛田中、尾形光琳など約2万8000件にのぼる芸術資料を収蔵。4つの展示室では特別展が年2〜3回、芸大コレクション展が年2回開催される東京藝術大学大学美術館を訪れる。

1926年(大正15)の開館以来、院展など多くの美術団体の公募展会場として親しまれてきた。報道機関との共催による企画展、美術普及のための講演会なども開催。美術専門の図書室やミュージアムショップ、レストランも併設する東京都美術館を訪れる。

1882年(明治15)に開園した日本初の動物園。東園と西園に分かれた園内では、約500種の動物を飼育。2011年春からジャイアントパンダも仲間入りし、ゾウやキリン、ペンギンなど人気者が勢揃いしている。西園・なかよし広場では、ヤギやヒツジとふれあえる。東園と西園はモノレール(150円)が結び、旧寛永寺の五重塔(重要文化
財)も敷地内にある上野動物園を訪れる。

上野恩賜公園に広がる、原始時代の海の名残といわれる周囲1.7kmの池。水鳥が遊ぶ心安まる都会のオアシス。池の中央にある弁天島には、弁財天を祭る八角形のお堂もある。参道に出店も並び、多くの参拝客で賑わう不忍池[上野恩賜公園]を訪れる。

明治、大正、昭和30年代までの下町の生活を紹介する資料館。商家の店先や長屋の町並みが実物大で展示されている。家具や生活用品は実際に使用されていたもの。2階には、けん玉やお手玉などが置かれ、手にとって遊ぶこともできる台東区立下町風俗資料館を訪れる。

安さと品数の豊富さから全国的に知られる街で、JR上野駅から御徒町駅までのガード下を中心に広がっている。年末にはおせちの食材を求める人々でごった返し、歳末の風物詩にもなっている。鮮魚から衣類、乾物、化粧品、貴金属、輸入雑貨など、あらゆる種類の店がひしめき合う。終戦直後の闇市から始まり、現在では400を超える店舗があるアメ横商店街(アメ横)を訪れる。

地下鉄で後楽園に向かう。

広大な敷地内に、東京ドームをはじめ、センターレス大観覧車やジェットコースターなどの乗り物が揃う東京ドームシティ アトラクションズ、アミューズメント施設、スパ ラクーア、レストラン・ショップなどが集まるエンタテイメントスポット東京ドームシティを訪れる。

東京ドームシティの中核。日本初の全天候型多目的スタジアム。野球はもちろん、さまざまなイベント会場としても知られる。ドームのスタンドとグラウンドに入れる東京ドーム内見学、プロ野球の歴史がわかる野球体育博物館もある東京ドーム[東京ドームシティ]を訪れる。

水戸徳川家ゆかりの回遊式築山泉水庭園(史跡・名勝)。1629年(寛永6)、初代藩主・頼房が築いた庭園を、2代光圀(水戸黄門)が改修して完成させた。7万平方m以上の広大な園内には、蓬莱島と徳大寺石を配した大泉水を中心にウメ、サクラ、フジ、ハナショウブなどが植えられ、四季を通じて情緒豊かな景色が広がる。渡月橋、屏風岩、通天橋といった、日本各地と中国の名勝を模した岩や橋もある小石川後楽園を訪れましたがクローズでした。

JRで東京駅に向かう。

18:10東京駅のぞみで出発。
20:43新大阪駅到達。

今回の旅行、大都会日本の首都、東京に足を運び、東京で最も旬な東京スカイツリーを訪れ、又隣接する浅草と上野の観光名所をほとんど歩きでめぐり楽しめました。

東京スカイツリーは当日券で1時間20分待って上ることができました。外部から見ると思ったほど大きくなく、塔ですので幅がないためか、多くの世界の高い高層ビルを訪れたためなのか、小さく感じましたが、展望台からの東京の町を望むと高さを感じ、迫力満点でした。

一泊二日の東京都観光めぐり、全部制覇するにはあと2−3回訪れることが必要でしょうね。

最先端で急速に進化している大都会日本の首都東京観光めぐりでした。





















飛行機で国内&海外の観光地巡り第百八十二弾:東京都北多摩観光
2012年3月10日ー11日


1893年に神奈川県から東京府へ移管された多摩エリアに足を運び、都心からアクセスもよく古くから残る希少な自然や趣深い史跡が多くみられるのと同時に、近代的なアミューズメント施設やおしゃれな商業施設なども発展してきた新旧の魅力が混在する北多摩を訪れました。

10日13:37新大阪新幹線のぞみで出発
16:13東京駅到達、中央線で国分寺経由して西武国分寺線で
17:19東村山駅到達、レンタカーで久米川駅付近のホテル到達、街を散策し食事を済ませて就寝。

11日6:00レンタカーで出発
東村山市をめぐる。

野火止用水にケヤキが勢いよく根を伸ばして橋のように流れをまたいでいるのケヤキ、昔はケヤキの根を実際に橋として利用していました。昭和49年にはケヤキの木が「市の木」になりました万年橋のケヤキを訪れる。

1655年(承応4年)川越城主松平伊豆守信網の命で、野火止台地や武蔵野台地のかんがい用水として造られた。別名伊豆殿堀ともいわれる。玉川上水を小川村(小平市)で分水し新座市野火止めまで約20kmの用水である。周辺は武蔵野の雑木林が多く残り市民の憩いの場となっている野火止用水を訪れる。

正福寺は金剛山と号し、鎌倉の大本山建長寺末に属する臨済宗のお寺です。境内の地蔵堂は都内唯一の国宝木造建造物です。鎌倉の円覚寺舎利殿とともに禅宗様建築の代表的遺構で、昭和9年改修の際に発見された墨書銘により、室町時代の1407年(応永14年)建立とされています。回堂内には江戸時代の地蔵信仰により、多くの小地蔵尊像が奉納されている。毎年9月24日一般公開。また正福寺は北条時宗が建立されたと伝えられている正福寺 地蔵堂(国宝)を訪れる。

狭山丘陵を背景にした自然公園で新東京100景に選ばれています。公園面積約5.3ha。豊かな水と緑に囲まれ四季を通じて花が楽しめます。中でも初夏に咲く170種100,000本の花菖蒲は多くの観光客の目を楽しませている。
周辺には果樹園や手打ちうどん屋がある北山公園菖蒲苑(新東京100景)を訪れる。

縄文時代、古墳時代、奈良・平安時代の数多くの遺構・遺物が発見された遺跡です。特に今から3,500年前の縄文時代後期の川の流れ跡見つかり、そこから水辺の施設や、たくさんの縄文土器、石器、弓などの木の道具、シカやイノシシの骨、当時の木の実等貴重な資料が見つかっています。このため当時の生活や自然環境などを具体的に復元することのできる貴重な遺跡です下宅部遺跡を訪れる。

標高89.4m。東西1.5km、南北100mから300m。面積39.1ヘクタール。その頂きから上野・下野・常陸・安房・相模・駿河・信濃・甲斐の八国の山々が見渡せたことからその名がついたとされます。良好な自然環境が残されており野鳥、昆虫、野草の宝庫です。また、「となりのトトロ」の舞台となったことでも有名です
八国山緑地(トトロの森)を訪れる。

臨済宗大徳寺派で1616年(元和2年)に壁英禅師による中興開山と伝えています。国の重要文化財である元弘の板碑を始めとして多数の板碑や多くの考古・民族資料を収集し、「ちらかし寺」と呼ばれました徳蔵寺板碑保存館を訪れる。

清瀬市方面に向かう。
清瀬駅から市役所にかけて伸びるけやき通り沿いに、国内外の彫刻家が制作した約30点の作品が展示されるキヨセケヤキロードギャラリーを通過する。

柳瀬川脇に親水型公園として整備され、野鳥観察で知られる金山緑地公園を訪れる。

歴史・民俗・映像展示室のほか民家風の伝承スタジオもある。「見て体験して新たな市民文化の創造を」という主旨に沿ったコーナーにわかれている清瀬市郷土博物館を訪れる。

東久留米市方面に向かう。

無数の孟宗竹に囲まれ、園内はいつも静寂に包まれています。冬の寒い季節の雪が積もった風景も、水墨画の世界みたいでお薦めです。新東京百景の一つに選ばれています竹林公園を訪れる。

昔ながらの武蔵野の雑木林につつまれ、清冽な湧き水が一年中枯れることなく、こんこんと地表に溢れ出ている場所です。真夏でも、この周辺は涼しく感じられ、湧水からなる小川で遊ぶ、元気な子供たちの声が聞こえてきます。また、ホタルを呼び戻す活動も行われています南沢緑地保全地域を訪れる。

学校法人自由学園の建造物5件が「東京都選定歴史的建造物」に選定されています。これは、良好な景観造りを推進することを目的とした「東京都景観条例」に基づき選定されたもので、15年2月末日時点で都内55カ所が選定されています学校法人自由学園を訪れる。

桜並木が公園を取り囲むように続いていて、4月の花見時期には、多くの人でにぎわいます。散策や語らいにピッタリの公園、白山公園を訪れる。

西武池袋線沿いの東南に面した、緩やかな傾斜地にある眺望に優れた公園です。この公園から夕焼けに染まった空を見ると、なんだか感傷的な気分になってくるようです。日当たりが良く、寒ーい日の日向ぼっこには、うってつけの場所です小山台遺跡公園を訪れる。

西東京方面に向かう。
創建が鎌倉時代と伝えられている田無神社は、本殿、拝殿が東京都文化財に指定されています。黄葉が美しいイチョウがある境内では、わんぱく相撲田無場所や青空骨董市などが行われます田無神社を訪れる。

明治8年、3寺が合併して創建されたお寺で、関東三十六不動霊場の第十番札所に数えられ、新東京百景にも選ばれています。立派な山門と大きなケヤキのある境内では、だるま市、梅の市などが行われます田無山総持寺を訪れる。

昭和4年に、京都の社伏見稲荷神社の分霊を遷して創建されました。新東京百景に選ばれています東伏見稲荷神社を訪れる。

地上195メートルの鉄塔は、平成元年(1989年)2月に郵政省(現総務省)からマルチメディアタワー第1号として認定を受けました。鉄塔のライトアップの色は、タワー周辺地域の翌日午前中の天気予報になっています(紫色:晴れ、緑色:曇り、青色:雨)スカイタワー西東京を訪れる。

高さ195メートルのスカイタワー西東京に隣接すし、西東京市など近隣5市が共同で設置した拠点的生涯学習施設です。世界最大級のドーム(サイエンスエッグ)では、プラネタリウムや全天周映画が楽しめます多摩六都科学館を訪れる。

昭和46年に流れが止まりましたが、先に復活した玉川上水から分取して、平成元年3月に清流が復活しました。上水沿いにはケヤキ並木等があり、新緑、紅葉も楽しめます千川上水を訪れる。

小平市方面に向かう。
小平の地は、江戸時代初期の玉川上水の開通にともなって開発が行われた新田村落。かつてのおもかげを後世に伝えていくために、「小平ふるさと村」は建築された。「小平ふるさと村」は江戸初期から中期の建物を復元した開拓ゾーン、江戸後期の建物を復元した農家ゾーン、明治以降の近代ゾーンと各時代の建物が並んでいる。ここをおとずれると、昔の小平へ小さな時間旅行を楽しむことができる小平ふるさと村を訪れる。

徳川幕府が開かれて50年、江戸の人口増によって新たな水源が必要となった。そのため承応2年(1653年)に松平伊豆守を総奉行として多摩川から水を引く工事が行われた。これが羽村から四谷大木戸までの43キロメートルに及ぶ玉川上水で、玉川兄弟によって開削された。この水は江戸の飲料水として使われたほかに、田畑のかんがい用水にも使用され、武蔵野台地の開墾に役立った。昭和40年に飲料用としての役目を終え、空堀りとなっていたが、昭和61年に清流が復活し、現在に至っている。用水の両岸は樹林に覆われ、グリーンロードとして親しまれている。特に小平監視所から小金井公園にかけては絶好のウォーキングロードとなっている玉川上水(グリーンロード)を訪れる。

小平市の公共下水道の普及率が100%を達成したことを記念して平成7年に開館。地上部は2階建てだが、地下は5階まであり、下水道の仕組みや歴史、小平市の水事情などをわかりやすく解説している。地下5階からは、地下25メートルにあり、現在実際に使用されている内径4.5メートルの下水道管に入ることができる。下水の色やにおいなどを体感できる貴重な施設のふれあい下水道館を見学。

日本を代表する彫刻家、平櫛田中翁は晩年の10年を玉川上水の緑豊な小平の地で過ごされた。その館が展示館として昭和59年に開館された。方形の大きな屋根を特徴とする和風建築で国立能楽堂の設計で知られる建築家大江宏氏の設計で昭和44年に建てられたもので、別名「九十八叟院(きゅうじゅうはっそういん)」とも呼ばれている。翁が慈しんだ庭園には四季折々の花が咲き、訪れる人の目を和ませてくれる平櫛田中彫刻美術館を訪れる。

東大和市方面に向かう。
承応4年(1655)に当時の川越城主松平信綱により、玉川上水から分水して作られた用水路。昭和48年(1973)、水事情の悪化により流れが途絶えたが、昭和59年(1984)に清流が復活した。用水沿いの緑地では散策が楽しめるほか、毎年5月中旬から6月上旬にかけてホタルの観賞ができる野火止用水を訪れる。

「狭山丘陵とくらし」をテーマとした博物館で、常設展示室では市の歴史、民俗、狭山丘陵の自然を紹介しており、プラネタリウム(有料)の投影、自然観察会、星空観察会、史跡めぐりなどの行事を行っている東大和市立郷土博物館を訪れる。

東大和市のシンボルであり、東京都民の水がめとしての機能を有する湖で、中央の堰堤をはさんで上貯水池と下貯水池に分かれている。新東京百景や東やまと20景、ダム湖百選にも選ばれ、花見・新緑・紅葉・雪景色と四季を通じて憩いの場となっている。また、周囲は西東京市から延びる多摩湖自転車道が整備され、サイクリングや散策が楽しめる多摩湖(村山貯水池)を訪れる。

16:00東村山駅到達。国分寺を経由して
17:15東京駅到達
17:30東京駅新幹線のぞみで出発
20:05新大阪駅到達。

今回の旅行、東京の多摩地区に足を運び、自然と史跡が点在している北多摩エリアを訪れました。
奥多摩から始まって多摩地区は4回目、ほぼ制覇できました。
次回は東京区内を訪れたいと思います。


















飛行機で国内&海外の観光地巡り第百七十一弾:東京東多摩観光
2011年12月10−11日


1893年に神奈川県から東京へ移管された東京多摩に足を運び、都心からアクセスもよく、古くから残る希少な自然や趣深い史跡が多く見られるのと同時に、近代的なアミューズメント施設やおしゃれな商業施設なども発展してきた東多摩エリアを訪れました。

10日13:17新大阪新幹線のぞみで出発、新横浜下車、東横線、京王線経由して
16:35調布駅到達、近くのホテル到着後、繁華街を散策し、食事を済ませて就寝。

11日6:30レンタカーで出発

733年(天平5)の開基とされ、都内では浅草寺に次ぐ長い歴史を持つ古刹。中世には関東一の密教道場となり、その後は江戸幕府の保護により栄えたが、2度の火災によって縮小した。起伏のある境内はうっそうとした雑木林におおわれ、数カ所湧水もあるなど武蔵野の面影をよく残している。だるま市や花見、植木市など四季の魅力も多く、隣接する都立神代植物公園とともに都心部からの行楽客も多い。周辺には深大寺そばの店や饅頭屋が軒を連ね、名物となっている深大寺を訪れる。

1961年(昭和36)、都内唯一の植物公園として開園。広大な園内は散策路に沿って30のブロックに分かれ、約4800種10万本もの植物を植栽。四季ごとに違った表情が楽しめる。バラ園の見ごろは、5〜6月と10〜11月。噴水を囲むようにして274種類5500株が植えられ、国際バラ新品種コンクールに入選したものもある。大温室では珍しい熱帯の植物が一年を通して咲き、彩り鮮やかな花々を楽しめる都立神代植物公園を訪れる。

東京都立神代植物公園から、徒歩10分ほどの所にある施設。施設内の一部をコースに沿って見学できる。塔全体が望遠鏡になっているアインシュタイン塔など貴重なものばかりで、1926年(大正15)建設の大赤道儀室内には、屈折式望遠鏡としては国内最大の口径を誇る65cm屈折望遠鏡がある国立天文台三鷹キャンパスを訪れる。

『千と千尋の神隠し』で知られる、宮崎駿氏が館主を務める美術館。迷路のような館内には、アニメーション映画がどのように誕生するかを体感する常設展示室をはじめ、ここでしか見られない短編アニメを上映する小さな映画館やネコバスルーム、カフェ、ミュージアムショップなどがある三鷹の森ジブリ美術館を訪れる。

1917年(大正6)に開園した、面積38万平方mの恩賜公園。武蔵野の貴重な水源地で、縄文時代の竪穴式住居の遺跡も出土。徳川歴代将軍が鷹狩りをした場所でもある。ボート遊びが楽しめる井の頭池の周囲は春になるとサクラが咲き乱れ、晩秋は紅葉も楽しめる井の頭恩賜公園を散策する。

井の頭恩賜公園の敷地内にある。本園と分園に分かれ、本園にはモルモット、ニホンリスなど、哺乳類や鳥類が約90種類、分園には魚類や鳥類など約110種類がいる。本園には北村西望の彫刻園や遊園地などもある井の頭自然文化園[井の頭恩賜公園]を訪れる。

都立小金井公園内に位置し、江戸東京博物館の分館として設けられた野外博物館。江戸東京の歴史を物語る歴史的建造物を都内各地から移築・復元している。交番、銭湯、商家などの建物が建ち並ぶ江戸東京たてもの園を訪れる。

創建は111年(景行天皇41)といわれ、大化の改新後、国司が武蔵国内の大社六所を一カ所に勧請して大規模なものとなった。以来、六所宮と呼ばれていたが、1871年(明治4)に元の社号である武蔵総社大國魂神社と称するようになった。徳川幕府の保護が厚く、寛永年間(1661〜73)造営の本殿をはじめ、拝殿・神楽殿・宝物殿などの建物が立つ。5月3〜6日に行われる、くらやみ祭で知られている大國魂神社を訪れる。

17:30調布駅到達。
17:40京王線調布駅出発、新宿でJRに乗り換え
18:30東京駅到達
18:47東京駅新幹線のぞみで出発
21:15新大阪駅到達

今回の旅行、東京の西部多摩エリアに足を運び、多摩エリアの中でも都心に近い東方面エリアの寺社、博物館、公園等を訪れ、3回目の多摩地区をドライブ観光、楽しめました。

残りは多摩地区の北東部のみとなりました。近日中に訪れたいと思います。







飛行機で国内&海外の観光地巡り第百六十三弾:伊豆諸島利島&神津島&式根島観光
2011年10月8−10日


野趣あふれる景観に包まれた山々や、豊かな海に囲まれた自然の宝庫、手つかずの自然が残り、かわいいイルカやクジラなどがすむ楽園、伊豆諸島に足を運び、伊豆諸島で一番小さく断崖絶壁に囲まれた利島、天上山登山や海水浴、海釣りなどが楽しめる神津島、海中温泉巡りができる式根島を訪れました。

8日18:00新大阪新幹線のぞみで出発
20:26品川駅到達、山手線で浜松町下車
21:00竹芝桟橋到達
22:00竹芝桟橋フェリーで出発
9日7:40利島到達、散策

桟橋ができる昭和55年(1980)まで、活躍した「はしけ」と呼ばれる小型船を展示した広場。接岸できない大型船と島とを結んで、はしけが人や物資を運んでいた時代を知ることができるはしけと海の歴史広場を訪れる。

明神様で親しまれる利島の氏神様を祭る神社。一見さりげなく立っているように見えるが、社の建造は宝暦10年(1760)と歴史があり、利島では最古の建造物だ。祭神の阿豆佐和気命は、伊豆諸島を造ったといわれる事代主命の子。島の南岸、宮塚山の中腹に本宮があるが、参拝に不便なので麓のこの場所に移された。正月三箇日、利島の人々は山廻りといって、米の御神酒を持って3つの神社に詣でるが、まず最初にここをお参りするのが通例になっている。そのため一番神様とも呼ばれる阿豆佐和気命神社を訪れる。

島の中央に位置する、標高508mの山。「海に浮かぶピラミッド」と呼ばれている利島独特の景観はこの山が作り出している。ハイキングコースも整備されている。南ケ山園地方面から登るのが一般的で、頂上までは登山口から約40分ほどの道のりだ。頂上近くの展望台からは、集落や正面に浮かぶ大島を見渡すことができる宮塚山を眺望する。

南ケ山園地からの展望は新東京百景のひとつに選ばれ、晴れた日には新島や式根島、神津島、三宅島などの島々を見渡せる。夜になればスターウォッチングポイントともなり、明かりの少ない利島ならではの満天の星空が広がる南ケ山園地を訪れる。

「利島の暮らし」をテーマに、縄文時代の出土品から現代の生活道具まで、実際に使われていたものを分かりやすく展示。都の文化財に指定されている銅鏡は必見。ほかに椿栽培や林業、漁業などの産業も紹介しており、時代とともに移り変わる利島の様子が手にとるように理解できる利島村郷土資料館を見学。

11:00利島港フェリーで神津島に向かう。
14:00神津島到達、レンタカーで巡る。

明治39年6月に建てられた旧役場の建物を保存し、その隣に、鉄筋造りの近代建設を増設した資料館で、島の歴史と貴重な文化財を保存継承しています。館内には、神話にも由来する神津島にとって、考古学的にも珍しい出土品や、島の歴史を物語る文献、古文書などともに島民の昔の生活を偲ぶ民具、又、最近発見された、江戸千石船の遺物と思われる、すずり、すりばち、300kgもある錨なども沢山陳列されています。
古代から現代までの神津島の歴史を知るためのパノラマや解説も見聞きできる興味尽きないところの神津島村郷土資料館を見学。

赤崎の入江を囲むように設置された木造の遊歩道。沖の小島まで橋が架けられており、目の前に広がる壮大な海の景色を楽しみながら散策することができる。遊歩道の途中には、木製のベンチや展望台のほか、飛び込み台が設けられており、海水浴のシーズンにはそこから海に飛び込んで遊ぶ人達で賑やかな雰囲気だ。遊歩道のある名組湾周辺は、ダイビングスポットにもなっており、美しい海中の景観を楽しむダイバー達も多く集っている赤崎遊歩道潮風の道を散策する。

神津島空港アクセス道路沿いに設けられた展望台。奇岩に囲まれた三浦湾や、波によって浸食された洞窟などを望むことができ、絶壁の上に生えている松とエメラルドブルーに輝く海とのコントラストが美しく、神秘的な光景が広がっている。好天時には、三宅島や御蔵島、三本獄、はるか八丈島まで見渡すこともできる三浦湾展望台を訪れる。

神津島の中央にそびえ立 つ台状山。標高は574mながら、景観は日本アルプスクラスの稜線を思わせる不思議な顔を持つ山です。灌木や草原、大小さまざまな岩が連なり、山頂付近には白い砂漠や天然の池もあります。 また、四季折々に咲く美しい花や植物とともに、晴れた日には富士山まで見渡せる景観のすばらしさは、新東京百景にも選定されているほどの天上山を眺望する

秀吉の朝鮮の役の際、戦争孤児として日本に連れてこられたオタアジュリア。クリスチャンであったジュリア終焉の地がこの神津島であり、島の人々に尽くしたジュリアを偲ぶため、この十字架が立てられたりま展望台を訪れる。

18:00港近くの宿に到着後、村を散策し食事を済ませて就寝。

10日7:30レンタカーで島一周。
10:30神津港、フェリーで出発
11:20式根島野伏港到達、散策

ジェットフォイル、式根島と新島を結ぶ連絡線が行き交う発着場として、島の玄関口の役割を果たす港。観光案内所や東海汽船の待合所のほか、とれたてのアオムロやトビウオを原料としたたたきを製造・販売するにいじま漁協式根島事業所などがある。船の発着時以外の時間帯、桟橋付近は釣りのスポットとなる野伏港を訪れる。

標高99mと式根島で最も高く、新東京百景にも指定されている神引山。駐車場から荒涼とした景色を見ながら階段を登っていくと、こんもりとした緑の森と真っ青な海がコントラストを描く風景が突如眼前にひらけ、島のダイナミックな自然を実感できる。パノラマ式展望台からは、神引湾はもとより、晴れていれば伊豆諸島や富士山までが見渡せる。樹林を縫う細道は美しく、サイクリングコースとしてもオススメ。見通しが利くことから、江戸時代はじめて近代的な日本地図を作成した伊能忠敬が、地図作成の測量のためここに足跡を記している神引山展望台を訪れる。

13:40式根島野伏港ジェットフォイルで出発
17:00東京竹芝桟橋到達
17:20浜松町駅山手線で出発、品川到達
17:47品川駅新幹線のぞみで出発
20:16新大阪駅到達。

今回の旅行、伊豆諸島に足を運び、まだ訪れたことの無い、利島、神津島、式根島の三島を巡りました。

神津島のみレンタカーで島をめぐり、利島、式根島はひたすら歩いて観光巡りしました。

これで伊豆諸島は小笠原を除く島すべて訪れることが出来ました。

小笠原の訪れいつになるのでしょうね。
世界遺産に登録されたし、早く計画立てたいものです。











飛行機で国内&海外の観光地巡り第百三十三弾:東京都南多摩観光
2011年2月26ー27日


日本の首都東京都に足を運び、緑地や公園、清流などの自然が豊かな土地であると同時に、数々の史跡を残す場所でもある多摩を訪れ、多摩地域の中心に位置し多くの路線が交差する交通の要でもある立川エリアと古刹や緑溢れる公園や動物園など家族ずれに人気の名所が多数ある南多摩エリアを巡りました。

26日13:07新大阪駅新幹線のぞみで出発
15:24新横浜到達
15:35新横浜横浜線で出発
16:13八王子到達
16:19八王子中央線で出発
16:30立川駅到達、レンタカーで立川周囲観光

180haにもおよぶ広大な国営公園。園内は森・広場・水・展示施設・みどりの文化ゾーンの5エリアに分かれ、施設や遊具が設置されている。春のチューリップ、秋のコスモスなど四季折々の花々が楽しめるほか、年間150以上のイベントを開催。昭和30年代の武蔵野の農村風景を再現したこもれびの里では、さまざまな農業体験もできる国営昭和記念公園を散策する。

18:00立川駅付近のホテル到達後、繁華街を散策、食事を済ませて就寝。

27日6:00レンタカーで出発

大国主神の第二御子神建御名方神は諏訪湖の岬に住むきわめて勇武に富んだ神と崇められ、信州諏訪大社に祀られましたが、勤請により嵯峨天皇弘仁二年(811)立川柴崎村出口(今の諏訪の森公園)に分祀されました。、古い歴史をもつ由緒ある御社の立川諏訪神社を訪れる。

根川緑道の整備が進む中で、この緑道沿いに立川市民・立川にゆかりのある文学者の詩碑・歌碑・句碑を建立し「詩歌の道」を整備することになった根川緑道を散策する。

日野に向かう。

新選組副長・土方歳三が生まれた地は武蔵多摩郡日野郷石田村。六番隊隊長・井上源三郎は日野宿北原、近藤勇、沖田総司らが剣術の腕を磨き、新選組に大きく関係することとなった天然理心流佐藤道場は日野宿問屋(日野本郷名主)・佐藤彦五郎が自宅に開いた道場でしたいずれの場所も現在は東京都日野市に属しています新撰組ゆかりの地を散策する。

国立に向かう。

関東の三大天神のひとつ、約350本の梅林がある。紅梅白梅に咲き誇る梅林で卒業式などの記念撮影も多く見られる。江戸時代には、参勤交代の道中お殿様の休憩場所になったり、明治41年には、有栖川宮が日本で初めての「自動車遠乗会」を催されたときの昼食会場にされたりした歴史ある梅林の谷保天満宮を訪れる。

多摩に向かう。

多摩丘陵の自然を生かした動物園。園内は約700匹の蝶が飛び交う昆虫園や、ライオンバスが人気のアフリカ園、コアラやウォンバットがいるオーストラリア園、オランウータンが空中散歩する世界最大級のスカイウォークがあるアジア園の4エリアで構成。開園50周年にあわせてオープンしたアジアの沼地の「ウォークインバードケージ」、リニューアルした「もぐらのいえ」など見どころ満載。ウサギやモルモットとふれ合えるどんぐり広場、動物に関する展示・相談コーナーもある多摩動物公園を訪れる。

おなじみのサンリオキャラクターが勢揃いの全天候型エンターテイメントパーク。趣向を凝らしたライブショーや人気キャラクターのアトラクションなど、場内には丸一日たっぷり楽しめる仕掛けが満載だ。キティズハウスはリビング・バスルームなど、ハローキティの家を大公開。キティと記念撮影もできるサンリオピューロランドを訪れる。

町田市に向かう。

富農が多かった多摩、神奈川では自由民権運動が明治10年頃以降から活発化し、町田では石坂昌孝や青木正太郎などの指導により、多くの青年民権家も生まれました。資料館には、民権運動関係資料の資料の収集、保管、展示をおこない、研究面でもネットワークの核になっています自由民権資料館を訪れる。

世界でも数少ない版画の専門美術館。収蔵品は2万点以上に及び、歌川広重から、棟方志功、池田満寿夫といった日本作品、ヨーロッパの古い版画から現代まで幅広く収蔵されています町田市立国際版画美術館を訪れる。

八王子に向かう。

多摩地区南西部の丘陵地帯の養蚕農家としての様相をよく残しています。屋敷の背後にある山林や前面田畑、明治11年(1878)に建築された母屋、土蔵、納屋、堆肥小屋などを含めての指定となっています小泉家屋敷を訪れる。

弘治元年(1555年)甲斐武田族 永野和泉(武田信玄の叔父にあたると伝えられる)が時の党族争い等の醜さから逃れて、諸家臣とともに鑓水に移住し一宇を建てたことに始まる。永野和泉は、家宝の正観音像を奉安し(現在武相観音十四番札所)由木永林寺開山住持に就いて剃髪、覚峰文公と改名し、一宇を高雲山永泉庵と称して其の基を開き、当寺開基位となり、永禄二年(1559年)9月9日寂す。その後、永林寺三世住職 岳應義堅大和尚が、天正元年(1573年)当寺を法地寺院として開山し、諸堂山門・七棟を建立する。前本堂が明治十八年に火災で全焼したため、鑓水絹商人 八木下要右エ門の母屋の寄進を得て移築し、以後奥の間養蚕室・茅葺き屋根を改築し、現在に至る永泉寺を訪れる。

昭島に向かう。

厄除け大師として有名な寺。毎年1月2・3日には大規模にダルマ市が開かれ、多くの初詣客で賑わう。山門は比叡山延暦寺を模したとされる。境内の元三大師堂には慈恵大師良源(元三大師)の木像があり、本尊として祀っている。この像は織田信長が比叡山延暦寺を焼打った際に救出したものであると伝えられる拝島大師を訪れる。

福生に向かう。

本殿は市内最古の木造建築で東京都指定有形文化財になっています。七福神様が1回で見て回れる数少ない1200年の歴史を誇る神社、熊川神社を訪れる。

16:00立川に戻る。
17:00立川到達
17:30立川駅中央線、八王子横浜線経由して
18:40新横浜到達
18:46新横浜新幹線のぞみで出発
21:15新大阪到達

今回の旅行、首都東京に足を運び、緑豊かで史跡が多く点在する多摩エリアの中心地立川から南多摩を訪れ、自然と歴史的建造物に触れ堪能しました。

特に新撰組のゆかりの地、日野での新撰組の歴史を学べる史跡を巡り有意義な日々を送ることが出来ました。














飛行機で国内&海外の観光地巡り第百十四弾:伊豆諸島三宅島&御蔵島観光
2010年10月9ー11日


野趣あふれる景観に包まれた山々や、豊かな海に囲まれた自然の宝庫、手つかずの自然が残り、かわいいイルカやクジラなどがすむ楽園、伊豆諸島に足を運び、東京から南南西に約180kmのところにあり、ほぼ円形をして、溶岩と火山砕層岩からなる火山島、3000年前から繰る返される噴火の歴史を物語る島の造形美を生み続けている三宅島、東京から約200kmの場所に浮かぶ周囲16kmの小さな島、温暖多雨の海洋性気候で、伊豆諸島には珍しく水が豊富で照葉樹林も生い茂り、又イルカウォッチング&スイムが出来る島として注目を集めている御蔵島を訪れました。

9日13:17新大阪新幹線のぞみで出発
15:34新横浜到達、三宅島行きフェリーが22:20遅出の出航のため横浜線で桜木町駅下車、横浜市街地を散策して時間を過ごす。

「環境・エネルギー」「宇宙」「海洋」など、6つのテーマで科学技術の現在と未来について展示。ヘリコプターの操縦シミュレーションや、パソコンを使って行う船や航空機の設計など体験型のコーナーが人気。有人潜水調査船「しんかい6500」の模型も大迫力の三菱みなとみらい技術館を見学。

1989年(平成元)、横浜博覧会施設として開館。19世紀後半の作品を中心に、ダリ・マグリット・ミロ・ピカソ・セザンヌ、幕末・明治以来の横浜にゆかりの深い作家の作品などを幅広く収集。横浜美術コレクション展と年4回の企画展のほか、市民のアトリエなどでの実技指導やワークショップの実施、美術情報の提供など、広く開かれた芸術活動の拠点となっている横浜美術館を見学。

1911年(明治44)に開通した旧国鉄の廃線跡を整備した遊歩道。日本丸メモリアルパークから新港地区までを3つの橋梁が結んでいる。約500m続くボードウォークからはMM21の高層ビル群が一望できるロケーション。鉄道開業当時に築造された石積みやアメリカ製鉄橋など歴史的建造物も残されている。また、汽車道から新港地区に入ったところにあるのが運河パーク。水辺に面した広場、芝生公園、遊歩道などがある汽車道を通過する。

1885年(明治18)創立の海運会社・日本郵船の歴史博物館。海岸通りに面して16本のコリント式円柱列を見せるこのビルは1936年(昭和11)の竣工で、今では海岸通りになくてはならないモニュメント的存在。明治以降、船が日本の発展に貢献してきた歴史がわかる日本郵船歴史博物館の前で記念撮影。

日米和親条約締結の地に立ち、日本の開国と横浜の開港に関する資料を展示している。1階はペリー来航から開国までを資料やパネル、模型で解説。2階では開港後の横浜の文化や街の発展を貴重な資料で紹介している。地下では内外の資料が閲覧できる。また、日米和親条約締結を見守っていた玉楠の木や現在事務所棟になっている旧英国総領事館の建物、領事館守衛室を利用した喫茶ペリーなどがある横浜開港資料館の前で記念撮影。

神奈川の文化と歴史を紹介する博物館。1904年(明治37)、旧横浜正金銀行本店として建てられたネオバロック様式の古典建築で、国の重要文化財に指定の神奈川県立歴史博物館の前で記念撮影。

19:00京浜東北線で桜木町駅乗車
20:00浜松町駅下車、
20:30竹芝桟橋到達。
22:20竹芝桟橋フェリーで出発、三宅島に向かう。
10日5:00三宅島到達、レンタカーで島巡り。

2000年噴火の泥流で埋まってしまった神社です。埋没した神社のほかに泥流から逃れた鳥居の頭だけを見ることができます。この先から坪田高濃度地区になります椎取神社を訪れる。

眼下に大久保浜。水平線には伊豆諸島。晴れた日には富士山、伊豆半島。空気が澄んでいる日には房総半島まで見えます海と風のあかじゃり公園を訪れる。

現存する木造建築としては伊豆諸島最大。天文3年(1516)建造。住居として使用中のため内部は非公開。樹齢450年のビャクシンの巨樹は天然記念物の島役所跡を訪れる。

永正3年(1516)に建てられた三宅島の創造主事代主命の后佐伎多麻比当スを祀る神社。島役所前にあります御笏神社を訪れる。

溶岩流が波で侵食されてできた奇石。かつてはメガネ状でしたが昭和37年の噴火の地震の際に片方が壊れてしまいました。岩の間から三本岳が見える場所がありますメガネ岩を訪れる。

明治42年に建造された純白のランプ式無人灯台がシンボルです。 夕陽、星空、鳥を見るならここがお勧めです。海岸線を走ることができます伊豆岬灯台を訪れる。

椎の原生林の中に二つ並んで建っています。バードウオッチングにもお勧めです御祭神社・満願寺を訪れる。

太路池入り口は「あかこっこ館」があります。奥の桟橋には休憩所、トイレがあります。周囲2Km、水深30mの伊豆諸島最大級の淡水湖の太路池を訪れる。

15:20ヘリで御蔵島に向かう。
15:30御蔵島到達、送迎者に宿に向かう。
16:00町を散策。

島の産土神を祀る稲根神社は延喜式にも記録が残る古社で、明治初期の廃仏毀釈令によって、全島民が稲根神社の氏子とされて以来、氏神様として厚い信仰を集めてきた。玉、剣、鏡の三種の神器は島南部の稲根ケ森の中にある本殿に祀られているが、島人が日常お参りするのは里にある拝殿で、毎年8月4、5日に行われる例大祭は、この拝殿を中心に神輿の巡行が行われ島中が沸き立つような活気を見せる。また、江戸時代の画家英一蝶の筆による、板絵着色神馬図額なども奉納されている稲根神社を訪れる。

稲根神社脇にある記念碑。1863年(文久3)、香港を出航し、サンフランシスコに向かっていたアメリカの商船バイキング号が御蔵島で難破・座礁。当時の日本は鎖国中だったが、250人ほどの御蔵島の島民は人道的立場から力を合わせ、アメリカ人乗組員と中国人労働者合わせて約500人を救出。1カ月の間面倒を見た後、下田へ送り出した。事件100年を記念して、船の所属港ニューベッドフォード市民と遭難者の子孫が、感謝の意を込めて稲根神社の参道入口に記念碑を建立。立てかけられた大錨は、バイキング号の巻きロクロを利用しているバイキング号記念碑[稲根神社]を訪れる。

18:00宿に戻り食事を済ませ就寝。
11日8:00イルカウォッチングに出発。
8:30船で沖に向かう。
御蔵島のイルカは、約100頭ほどがごく沿岸(岸から100メートル以内ほどのところ)の島の周りを周回し、船でイルカに近ずき、ウォッチングとイルカと一緒に泳ぐ。
10:30終了、宿に戻る。
11:00山を散策する。

その昔、御蔵島に流人として来た白木屋お常が流しソーメンを島民に振る舞った場所、と伝えられる「お常のソーメン流し」。水が岩盤に溝を刻み、幾筋にもながれます。伝説の真偽のほどは分かりませんが、こんな場所で流しソーメンなんて、風流な流人さんもいたものです。コース名はボロ沢ですが、ボロ沢、家が沢と二つの大きな沢を横切るのもここの特徴。どちらの沢も、空には木々が生い茂り、澄み切った水が流れて、夏でも清涼感あふれる場所となっていますボロ沢コースを散策する。

里から役場をこえて道なりに少し進むと左手に入り口の看板が見えます。里のすぐ近くなので思い立ったときにぶらりと出かけられるのが魅力です。少し足を踏み入れると、そこはシイの巨樹生い茂る立派な森のタンテイロコースを散策する。

15:35ヘリで八丈島に向かう。
16:00八丈島空港到達。
17:20八丈島空港出発
18:10羽田空港到達
19:00羽田空港出発
20:05伊丹空港到達。

今回の旅行、豊かな海に囲まれた自然の宝庫、手つかずの自然が残り、かわいいイルカやクジラなどがすむ楽園、伊豆諸島に足を運び、東京から南南西に約180km、伊豆半島の下田から約80km。真っ青な太平洋に囲まれ、周囲約35km、面積約55kmほどで、大島、八丈島に次いで伊豆諸島で3番目の大きさです。幾度となく繰り返された火山噴火によってできた独特な景観や、日本固有の野鳥たちが住む貴重な森、黒潮の恩恵を受けた海、と特色ある自然に育まれています三宅島、

本州から約200km離れた伊豆諸島の島で、日本の島嶼中でも屈指と言われる太古からの自然が残り、その緑の豊かさは、あの屋久島にも比較されるほどです。面積は約20平方km。周囲約17km。人口282人。海上からは、まるでお椀をひっくり返したような形で、中央には標高850.8mの火山島である御山があります御蔵島を訪れ2泊3日の旅、満喫しました。

三宅島の度重なる噴火跡の造形美、御蔵島の世界でも珍しい多くのイルカの生息地でのイルカウォッチング&スイミング、他の島では体験できない離島三宅島&御蔵島観光楽しめました。













飛行機で国内&海外の観光地巡り第九十七弾:東京都奥多摩観光
2010年5月22ー23日


1893年に神奈川県から東京都へ移管され、23区とともに都市化が進み、いまや都心で働く人のベットタウン、一方で、高尾山をはじめとする山々や武蔵野の雑木林、多摩川の清流、美しい渓谷などの自然にも豊かに残す、希少な地域である多摩エリアに足を運び、東京都の西部にあり、山野の風景や清流のせせらぎなど、豊かな自然に出会えるエリア、そんな大自然を満喫できる奥多摩を訪れました。

22日13:17新大阪新幹線のぞみで出発、新横浜で横浜線に乗り換え
17:00八王子駅到達、レンタカーで八王子周辺の史跡巡り。

室町時代に築かれた、片倉城の城跡を公園として整備。水車小屋や二の丸広場があり、市民の憩いの場となっている。花も多く、特に3月下旬のカタクリは有名。6月には菖蒲が咲き乱れる。園内には、国会議事堂内に設置されている「板垣退助像」や長崎の「平和祈念像」の作者として知られる、彫刻家・北村西望の作品などが点在する片倉城跡公園を散策する。

幕末から明治にかけて、八王子から横浜へ生糸を運んだ道。大塚山公園付近は、林の中を昔ながらの峠道が通っている。鑓水商人の屋敷跡には絹の道資料館があり、幕末の村の様子が記載されている村明細帳などの資料を展示。屋敷の石垣も、一部復元されている絹の道を訪れる。

19:00八王子駅付近のホテルに到着後、市街地を散策し、食事を済ませて床に就く。

23日5:00レンタカーで出発。

高尾方面に向かう。

戦国時代の末に北条氏の支城として築城。城内に八王子権現を祭ったことから八王子城とよばれ、それが八王子の地名の由来になった。城主は北条氏照。険しい山中に築かれた城だったが、1590年(天正18)に豊臣軍によって1日で落城したという。現在、山麓には御主殿跡と再現された曳橋、山頂には本丸跡や八王子神社があり、曲輪・馬場道跡・井戸などの遺構も点在。「日本100名城」の一つに認定の八王子城跡付近まで訪れる。

天狗が棲むという修験道の道場で、奈良時代、行基によって開山。古くからの森がよく守られ、貴重な自然が残されている。北斜面にイヌブナなどの落葉広葉樹、南斜面にカシ類が中心の常緑広葉樹が見られ、多種の植物・野鳥・昆虫を観察可。標高599mの山頂からは、富士山や丹沢・奥多摩の山々、新宿新都心の高層ビル群も眺望できる高尾山を訪れる。

奥多摩方面に向かう。

創業200年の歴史をもち、清酒千代鶴で知られる中村酒造が併設する酒の資料館。1884年(明治17)建築の酒蔵の中には、伝統の道具が並び、日本酒造りの工程も解説する千代鶴酒造り資料館による。

立派な山門や本堂、庫裏、鐘楼などが立つ真言宗の寺。1191年(建久2)に源頼朝の命により、源平合戦の武将、平山季重が建立したと伝えられ、代々武家の信仰を集めた大悲願寺を訪れる。

あきる野市の自然や文化・民俗資料などを展示する郷土館。奇獣・パレオパラドキシアの完全な上顎骨、約300万年前の古代象の骨の化石レプリカなど、市内で発掘された化石を見ることができる。古文書は、江戸時代のものを中心に約2万点を収蔵のあきる野市五日市郷土館を通過。

全長120mほどの鍾乳洞だが、3段の縦穴になっており、急な階段で見学する。オーロラ天井や、竜宮の亀と名付けられた亀の形の石筍などがみどころの三ツ合鍾乳洞による。

全長300mの巨大な鍾乳洞で都の天然記念物。7色に輝く乳華、発達した鍾乳石などが造る別世界が覗ける大岳鍾乳洞を訪れる。

多摩川最大の支流。網代橋付近から南秋川あたりまで約20kmにおよぶ渓谷。新緑から紅葉と季節ごとに見せる景観が美しい秋川渓谷を散策する。

三頭山に源を発する秋川の支流には多くの滝があるが、その一つ。セド沢にかかる落差60m、4段に流れる滝で日本の滝100選にも数えられる。深い緑に覆われ全容は見えないが、最下段の滝は26mあり、大蛇が棲むと伝えられる淵をもつ払沢の滝を訪れる。

山間地にあって山村の文化や歴史をもつ檜原村の郷土資料館。縄文早期の遺跡で、東京都では最高所の標高950mにある中之平遺跡の出土品や、昔の民具、かぶと造民家の模型などが展示され、山深い土地の暮らしや、生活の工夫などがわかる檜原村郷土資料館を見学。

北秋川支流の神戸川上流、来るものを阻むかのようにそそり立つ高さ約100m・幅約140mの絶壁。東京都の天然記念物に指定される名勝。両岸の一番狭い所は幅約4mの渓流で、峡谷の長さは約60m。鎖につかまりながら通り抜けることができスリル満点。右側の岩はトンネルになっている神戸岩を訪れる。

ブナの原生林が残る、三頭山中腹にある自然公園。森林館と木材工芸センターを基点に総延長23kmの散策路が巡り、途中には落差35mの三頭大滝、野鳥観察小屋、炭焼き小屋などがある。自然そのままの森には多くの野鳥、野生動物が生息し、バードウォッチングが人気の檜原都民の森を散策する。

多摩川上流部にある人造湖で、総貯水量1億8500万立方mの東京都の水がめ。1957年(昭和32)に完成した。東西に延びた湖面の周囲は山々が囲み、雄大な風景が広がる。4月中旬に湖畔の展望台一帯に咲く1万本もの桜は必見。湖面に浮かぶ約250mの通称・ドラム缶橋を渡るのも楽しい。この橋近くの岬には、湖底に沈んだ9社11祭神を合祀した小河内神社がある奥多摩湖を訪れる。

人と自然、都市と水源のつながりについて解説する近代的な展示館。館内は奥多摩の歴史やダムの仕組み、生き物と自然などのテーマゾーンに分かれ、ビデオや模型、3Dシアターなどで紹介している奥多摩水と緑のふれあい館を見学。

日原の原生林や野生動物、全国の巨樹の情報などを資料やビデオ、パソコンで提供する博物館の森林館を見学。

江戸時代から知られる全長800mの鍾乳洞。入り組んだ立体迷路のような空間に立ち並ぶ鍾乳石は神秘的だ。関東一の規模を誇る鍾乳洞で、祭られた祠には歴史も感じられる日原鍾乳洞を訪れる。

鳩ノ巣から白丸まで約500m続く多摩川の渓谷。40m崖下の巨岩・奇岩を清流が縫い、深山の趣がある。鳩ノ巣小橋の吊り橋からの眺望が見事の鳩ノ巣渓谷を訪れる。

御岳渓谷遊歩道の終点に立つ、民家風の美術館。松下紀久雄の水墨画など、奥多摩にちなんだ絵画や工芸品が展示されている。館内には囲炉裏や巨大な天然石のオブジェもあるせせらぎの里美術館を見学。

近代日本画の巨匠、川合玉堂の作品を展示する美術館。玉堂は、1944年(昭和19)に疎開で居を移した後、84歳で没するまでの約10年間、御岳で創作を続けた。巨匠の愛した渓谷を見下ろすように立つ館内には、御岳の自然を描いた作品も多い。内部には画室が再現され、愛用品も展示する玉堂美術館を見学。

文豪の偉業を偲び、自身が愛した梅の里を見下ろすように建てられた記念館。『宮本武蔵』や『新書太閤記』など多くの作品で日本中の人々に愛され続ける吉川英治は、1944年(昭和19)から約10年間をこの地で過ごした。家族と暮らした母屋のほか、大作『新・平家物語』が起稿された書斎が当時のまま残る。友人や家族への書簡、書画なども展示する吉川英治記念館を見学。

昭和時代に消費された、様々な商品のパッケージを展示したユニークな博物館。建物は大正末期に建てられた木造2階建ての家具店。1階部分が展示スペースになっている。館内は菓子、飲み物、雑貨、文具、薬などの箱や外袋をはじめ、歴代のグリコのおまけや雑誌の付録などでいっぱい。懐かしい駄菓子屋の店先を再現したスペースもある昭和レトロ商品博物館を見学。

D51、E10などの蒸気機関車や、新幹線ひかり号などの実物11両が展示保存されている珍しい公園。旧国鉄が開業90年を記念して開設した。記念館にある走る鉄道模型や、実際に子供を乗せて走るミニSLが人気の的の青梅鉄道公園を訪れる。

杉の大木に囲まれて立つ真言宗の古刹。645〜650年(大化年間)の創建といわれ、広い境内には国の重要文化財である茅葺きの仁王門や本堂、阿弥陀堂などが点在する。花の寺としても有名で、特に本堂裏のすり鉢状の斜面を覆う1万7千本のツツジは見事の塩船観音寺を訪れる。

八王子に向かう。

17:30八王子駅到達。
17:40八王子駅横浜線で出発
18:35新横浜新幹線のぞみで出発
21:30新大阪到達。

今回の旅行、大都市東京都に足を運び、東京都の最北西に位置し、東京の奥庭として親しまれ、その広大な面積は東京都全体の十分の一を占め、ほとんどが山岳地帯で町全体が秩父多摩甲斐国立公園に含まれ、森林、渓谷、湖、清流と、まさに大自然の宝庫の奥多摩をドライブ観光して楽しみました。

森林、渓谷、湖、清流、滝、鍾乳洞などの大自然中に、社寺等の歴史的建造物、博物館、資料館、美術館が点在し盛りたくさんのドライブ観光旅行でした。

東京は過去に何回も足を運んでいますが訪れるたびに人が車が家が店が増えているような気がします。
特に今回訪れ宿泊した八王子は大都会に変貌していますね。人の多さ、車の多さ、驚くばかりです。

一方奥多摩は、家並みも、人も、車も少なく、大自然いっぱいでのエリアでした。東京にもこのようなエリアもあるのかと感じさせられた西東京観光でした。











飛行機で国内&海外の観光地巡り第七十六弾:伊豆諸島八丈島・青ヶ島観光
2009年10月10−12日


今回は伊豆諸島の雄大な八丈富士や三原山のほか、温泉や島料理が楽しめる八丈島、伊豆諸島の最南端、火山が造り出す雄大な風景が広がる青ヶ島に足を運びました。

10日14:00伊丹空港出発
15:10羽田空港到達
15:50羽田空港出発
16:40八丈島空港到達、宿に到着後、市街地を散策して食事を済ませてから床に就く。

11日9:20ヘリコプターで出発
9:40青ヶ島到達、天候快晴、絶好の観光日和、レンタカーで島巡り

ヘリポート北側の森に有り、天明の大噴火ののち無人となった青ヶ島に帰島する際、航海の安全を祈願した船頭がその後事故に遭わなかったため金比羅大権現を歓請したとされている金比羅神社を訪れる。

島の北側に位置する展望台。標約250mの展望台からは神子の浦をほぼ真下に見ることができ、天気が良いと八丈島も眺めることができます。
展望台の横には神子の浦に下りることができる非難道がある神子の浦展望台を訪れる。

1785年に起きた天明の大噴火で、生き残った島民全員が八丈での避難生活を余儀なくされた時に、困難な生活を強いられた人々をまとめあげ、50年後に旧島民の帰島を果たした佐々木次郎太夫の屋敷跡。数年前まで建物が残っていたが、台風で崩壊してしまい、現在は玉石垣が残るだけだが、うっそうとしたソテツの大木や整然と積まれた石垣に往時を偲ばれる佐々木次郎太夫屋敷跡を訪れる。

島の鎮守様、玉石殿の急崖を登りつめると、静かに社がたっている大里神社を訪れる。

青ケ島と八丈島を結ぶ、還住丸が入港する島唯一の港。コンクリートで覆われた高さ200mほどの断崖絶壁の下に作られ、貨物はクレーンなどで運ぶ。港を作る適当な入江がないため、根を利用して作られたという岸壁には1年を通して太平洋の荒波が押し寄せ、何日も欠航になることも珍しくない。久しぶりに船が着いた日には、港は島の人や山ほどの貨物で大賑わいとなる。国内で最後まではしけ作業が行われていた港としても知られ、今でも港の隅に置かれたはしけ船が島民の苦労を伝えている。青ケ島の地形の厳しさを物語る荒々しい景観の港の三宝港を訪れる。

日本ではめったにみられない南方系のシダの一種、島のいたるところで見られるがこの一帯は特に群集しているオオタニワタリ群生地を訪れる。

内輪山である丸山の北斜面では、高温の地熱蒸気が何カ所からも吹き出す様子が見られる。電気がない時代、島では蒸気が噴き出す場所に家を建て、暖房や調理などに地熱蒸気を利用したという池之沢噴気孔群を訪れる。

大地から噴き出す地熱を利用した天然サウナ。浴槽や休憩室などを併設する地熱ふれあいサウナを訪れる。

天明の大噴火で形成された噴火口の青ヶ島火山カルデラの内輪山。外輪山の内側の山の景色を見ながら森林浴の出来るハイカーにはたまらないコースです。緑が360度広がる光景は、目にも優しく時間もやさしく進ませてくれます。のんびりと木々や草花を見ながらの散歩できる丸山遊歩道を散策する。

青ヶ島でもっとも標高の高い場所です。二重式火山である青ヶ島は内輪山と外輪山があり、標高432mの大凸部は、外側の火口である外輪山の最高地点。ここからは、内輪山の丸山全体も見渡すことが出来て、火山全体の様子もよく見える。島の最高峰でもあり、周囲を囲む大海原が、大パノラマで鑑賞出来る大凸部展望台を訪れる。

外輪山の頂上にある大里神社が島の鎮守であるのに対して、ここは、宝暦7年(1757)に、恋に破れた腹いせに島民7人を殺傷して入水自殺したした浅之助の霊を鎮めるためのいわば祟り神を祀る神社。今では縁結びの神様として島民の信仰を集めているが、苔むした急な玉石の階段を登る参道は、両脇から木々が生い茂り、どこか神秘的な雰囲気が漂う東台所神社を訪れる。

集落の背後にそびえる外輪山の北西部の尾根上にある公園。標高約400mの展望台からは、北の方角に八丈島の島影、南側には、まるでゼリーのような形の内輪山とカルデラが一望でき、類い稀な二重式火山からなる島の全容を観察できる尾山展望公園を散策する。

17:00宿に到達、食事を済ませてから床に就く。

12日9:45ヘリコプターで出発、天候曇り時々小雨
10:05八丈島空港到達、レンタカーで島巡り。

黒潮の影響を受けて独特な発達を遂げた八丈島の歴史と民俗についての資料を展示する資料館。旧八丈支庁舎の建物を利用した館内は、八丈島の自然、文化財や、民俗資料、自然、流人など9のコーナーに分かれており、系統ごとに分かりやすい展示がされている。中でも約7000年以上も前にこの島へ渡ってきた縄文人の遺跡の復元模型や土器を展示してある考古学のコーナーでは、未知なる世界に漕ぎ出した太古の人々の勇気と知恵に感心させられる。宇喜多秀家をはじめとする流人の暮らしぶりを紹介する流人コーナーも興味深い八丈島歴史民俗資料館を見学。

玉石垣とは、荒波に削られ角のとれた丸い石だけを使い、積み上げられた石垣のこと。島内随所で見られるが、かつて島庁がおかれた大里地区の玉石垣は規模・保存状態ともに最良のもので、観光ポスターなどにも度々登場。1日の糧を得るため、流人たちが海岸からひとつひとつ運び、丹念に積み上げて築いたものといわれ、景観の美しさだけでなく八丈の歴史の上でも貴重な資料となっている大里の玉石垣を散策する。

大里地区に残されたオリクネと呼ばれる八丈に昔から伝わる伝統工法による民家を修復して公開する施設。玉石垣に囲まれた敷地に足を踏み入れると、茅葺きの母屋をはじめ高倉や牛小屋(マヤ)をはじめ便所(カンジョ)まで復元され、昔の島の暮らしをうかがい知ることができる。中でも湿気から穀物を守るために床を高く上げた高倉や家を強い風雨から守るために周囲に植えられたタミの木などは、まさに南国の原風景といった趣で見る者をはるか昔の八丈にタイムスリップさせてくれるふるさと村を訪れる。

明治40年(1907)に竣工した全長151mのトンネルで、坂下と呼ばれる大賀郷と坂上と呼ばれる樫立を結ぶ島の重要な生活道路。このトンネルの大賀郷側からは、大きく裾野を広げる八丈富士や黒々とした玄武岩が広がる南原千畳岩海岸、青い海に浮かぶ八丈小島が一幅の絵を見るかのように並び、その壮大で秀麗な展望は八丈八景のひとつにも数えられている大坂トンネル展望台を訪れる。

江戸時代、お船預りを務めていた服部家の屋敷跡。「お船預り」とは、米に代わる年貢として黄八丈を納めるための御用船の船頭のことで、島では代官に次いで重要な役目だったという。屋敷の建物は残っていないが、流人の近藤富蔵が築いた二重の玉石垣や樹齢700年ともいわれる見事な蘇鉄から、当時の豪勢さが偲ばれる八丈服部屋敷を訪れる。

三原川が中之郷の水田用水路と交差するときにできる一風変わった名を持つ滝、落下する滝を裏側から見ることができることが名前のいわれで、光に透けたしぶきがシャワーのように降り注ぐ光景は爽快そのもの。滝は、ヘゴシダが生い茂る遊歩道をせせらぎの音を聞きながら5分ほど歩いたところにあり、亜熱帯ムードのミニトレッキングが楽しめる裏見ケ滝を訪れる。

洞輪沢港の背後にそびえる、高さ180mの断崖の上に設けられた展望台。絶壁に乗り出すかのように作られた展望台からは眼下の洞輪沢港はもちろん、半島状に張り出した小岩戸の鼻に連なるパノラマが広がる。晴れた日には、青く澄み渡る太平洋に浮かぶ青ケ島の島影も見ることができる。古くから夜は名月鑑賞の場としても知られており、八丈八景のひとつにも数えられている名古展望台を訪れる。

島の最東端、石積ケ鼻の高台に立つ高さ16.7mの円形灯台。昭和26年の開設当時、末吉地区には電気が導入されていたが、夜間2〜3時間しか送電されなかった。そのため、地元の要望で陸側の遮光をせずに街灯代わりの役目も果たした。オーシャンブルーの海に映える白亜の灯台は、記念撮影ポイントとしても人気が高い八丈島灯台を訪れる。

戻って島の北方に向かう。

八丈富士が噴火した際に流れ出た溶岩が海に流れ落ちてできた溶岩台地で、海に沿って長さ500m、幅100mの範囲に、黒々とした玄武岩が広がり、荒涼とした世界を形作っている。海に面した場所は長い年月を経て浸食され、岩壁に打ちつける波がしぶきになって飛び散る様子はまさに迫力のひとことの南原千畳敷を訪れる。

島の北端近くにある展望台。小島のほか、灯台、アロエ園の景色が楽しめます。御蔵島・三宅島が見えることもある永郷展望台を訪れる。

根と末吉を島の北東岸沿いに結ぶ登竜峠は、曲がりくねった道が天に昇っていく竜のように見えることから、この名が付いたというほど急坂、急カーブが連続する難所、途中にある展望台からは、正面に八丈富士と八丈小島、眼下に三根の町並みが広がり、おもいのほかの標高差に驚かされる。晴れた日には右手の海上に、三宅島や御蔵島のシルエットが浮かぶ登龍峠展望台を訪れる。

標高854mの美しい円錐形をした山。なだらかな山肌には広大な牧場があり、環状道路が整備されている八丈富士山をドライブする。

八丈富士七合目にある周回道路。平坦な道で、快適なドライブが楽しめる。道路沿いにある「ふれあい牧場」には、市街地を一望する展望台を訪れる。

島の自然に、一番手軽に・しかも幅広く触れることができるのが、植物公園。22ヘクタールの広大な敷地に、テーマ別8つのエリア、展望台、温室、ビジターセンターが設置され、「八丈島のキョン!」も飼育されている八丈植物公園を散策する。

公園内に、八丈の自然をわかりやすくした展示物やビデオを見ることができる八丈ビジターセンターを見学する。

八丈島は伊豆諸島で唯一、水田耕作がなされた島で鴨川に沿って水田が残り、ホタルの光が美しく幻想的なホタル水路を訪れる。

16:00八丈島空港到達
17:10八丈島出発
18:00羽田空港到達
19:00羽田空港出発
20:10伊丹空港到達

今回の旅行、伊豆七島の南端の2つの島に足を運び、島内で発掘された土器や石器などが縄文弥生時代のものから、古代より続く長い歴史を持ち、江戸時代では流刑地として重要な役割を果たすと共に、流民の受け入れは島独自の文化を作り、西の八丈富士と東の三原山、二つの山からなる火山島の八丈島。

周囲約9kmという非常に小さな島、海岸からせり上がる絶壁は、外輪山として島をぐるりと囲み、活発な火山活動によってできた外輪山のカルデラの中には、新たに出来た小さなお椀形の内輪山の丸山があり、このような火山を複式火山といい、世界的に珍しい存在の青ヶ島。

2泊3日の旅、2つの離島の火山で出来た変化に富んだ島の大自然と歴史文化に触れ満喫しました。














飛行機で国内&海外の観光地巡り第四十四弾:伊豆諸島新島観光
2008年10月25−26日


温暖な気候に恵まれ、雄大な自然を残している身近な伊豆諸島の世界的に有名なビーチのある新島に足を運びました。

25日14:30伊丹空港出発
15:40羽田空港到達、モノレール、山手線経由して東京駅到達
日没まで皇居周辺を散策する。
皇太子殿下のご成婚を記念して整備された和田倉噴水公園を訪れる。
皇居前広場から辰巳櫓を望み、皇居前広場から正門を経て宮殿に続く濠に2つの橋が架かり、手前をめがね橋、奥を正門鉄橋と総称した二重橋を訪れる。

幕末、大老、井伊直弼が暗殺された事件、桜田門外の変の舞台となった桜田門を訪れる。

皇居外苑の南東の一角にある銅像で、南北朝時代に後醍醐天皇を補佐して活躍した武士、楠正成が騎馬にまたがる姿の楠正成像を見学。

東京駅に戻り山手線、総武線を経由して両国駅下車、江戸時代から東京オリンピックまでの東京の歴史と文化を、日本橋の北半分、芝居小屋の中村座などの原寸復元や実際に手に触れて体験することができる展示で楽しく学べる江戸東京博物館を見学。

総武線、山手線を経由して品川駅下車、長さ20mのサメとエイの海中トンネルが見事なエプソン品川アクアスタジアムを見学する。

山手線で浜松町駅下車、歩いて竹芝桟橋到達。
22:00夜行フェリーで新島に向かう。

26日8:30新島港到達、レンタカーで島巡り。
天候雲り、風が強い。

世界レベルのサーフポイント、島の東岸に約6,5km続く白い砂浜、ハワイのノースショア並みのビッグウエイブが押し寄せる羽伏浦海岸、24万uの広さの公園を散策する。

島の至る所に100体以上の新島特産のコーガ石を素材として、プロの彫刻家、島民、観光客が作ったユニークな石像が並ぶのを確認する。

新島きってのビュースポット、標高432mの宮塚山中腹にある展望台、本村の集落や地内島、式根島、神津島などを望める富士見峠展望台を訪れる。

新島と式根島の自然や歴史を学べる新島村博物館を見学。

コーガ石のモニュメントが点在し、水尻の湧き水に親しめる公園、新島親水公園を散策する。

14:05のジェットホイルで東京方面に戻る予定でしたが生憎の低気圧で海が荒れ
ジェットホイルが大島から新島まで欠航、仕方なく12:00発のフェリーで大島に向かい、大島からジェットホイルに乗り換えて
16:40東京、竹芝桟橋に到達。
19:25羽田空港出発
20:30伊丹空港到達。

今回の旅行、新島までの夜行フェリーの出発時刻が夜間22:00でしたので東京で時間的余裕があり、日没までは歴史的スポット、皇居周辺を散策し、その後遅くまで営業している江戸時代から東京オリンピックまでの東京の歴史を学べる江戸東京博物館、サメとエイの海中トンネルが見ごたえのあるエプソン品川アクアスタジアムを見学して時間を過ごし22:00夜行フェリーで竹芝桟橋を出発して翌日朝8:30新島港に到達して新島の世界的な有名なビーチ、羽伏浦海岸など自然に接し、離島への旅、日ごろの雑踏から逃れ、船旅も含めてリラクゼーションが出来た観光旅行でした。

伊豆諸島も今回で3つ目の島の訪れとなりました。
まだまだ訪れていない伊豆諸島の島々、徐々に制覇していきたいと思います。





飛行機で国内&海外の観光地巡り第九弾:白浜&横浜&伊豆大島&熱海観光
2007年10月20−21日


今回は通常のコースから大きく離れて1泊2日で白浜&横浜&伊豆大島&熱海と広範囲での旅をしました。

20日13:20特急オーシャンアローで天王寺出発、15:15白浜到達、タクシーで平草原に向かう。
平草原の白浜の町並みを一望できる高台にある緑あふれる平草原公園を散策し近くに白浜の歴史と温泉、民俗などに関する資料や情報を集めた白浜民俗温泉資料館と浮世絵、茶道具、古陶器と白浜の町の明治から現代に掛けての写真を展示している紀州博物館を見学。
17:00徒歩で夕陽を見ながら田辺湾を眺望ながらゆっくり白浜空港に向かう。

19:20白浜空港からジェット機で出発、20:25羽田空港到達。シャトルバスで横浜駅に向かう。横浜駅からタクシーで横浜港大桟橋に到達。
メリケン波止場とも呼ばれる長さ483m、幅約70mの桟橋。豪華客船のクイーンエリザベスIIをはじめ、外国航路の客船が訪れ、屋上広場からは、山下公園や横浜赤レンガ倉庫などミナトヨコハマの夜景の風景を望む。
フェリーの出航まで時間が十分あり山下公園まで歩き、横浜のベイシティの夜景を楽しんで中華街で食事を取る。

23:30フェリー出発、21日6:00伊豆大島岡田港到達。
レンタカーで島巡り、椿の大木が道両側から覆いかぶさるような見事な椿トンネルを通過して自然の地形を生かした広大な椿公園、椿資料館、小動物の動物園が存在する大島公園を訪れる。
島の中心部に向い、三原山頂口、新火口展望台で三原山の火口を望む。
溶岩流遊歩道を散策して御神火スカイラインを通過して火山博物館を見学、島の南方に走り途中大島一周道路建設で山を切り崩した際に断面にくっきりと巨大な木目のような地層が出現した高さ30m、長さ600mに及ぶ地層断面を通過して波浮港到達。
波浮港見晴台で波浮港を展望、伊豆の踊り子で有名な波浮港、踊り子の里、旧港屋旅館を訪れる。
島の北方に戻ってリスやウサギと触れ合える小動物園リス村を訪れて元町港の近くの保元の乱に破れて大島に流刑された源為朝の住居跡、源為朝の館跡を見学。
島の成り立ちや歴史などの資料を展示している大島郷土資料館、旅の思い出のための大島ふるさと体験館に寄ってから大島最北端に位置する岬、乳ヶ崎の内陸部から続く高さ96mの丘が一気に海に落ち込む断崖を望み元町港に向かう。

15:30ジェットホイルで元町港出発、16:15熱海港到達。ロープウエイで熱海市街や相模湾を一望にする錦ヶ浦山頂に立つ観光城、熱海城を訪れて武具やお城に関する資料などを展示する武家文化資料館を見学してから熱海の繁華街を散策して熱海駅に向かう。
18:14新幹線ひかりで熱海駅出発、20:58新大阪駅到達。

今回の旅行、通常とは大きく違ったコースで白浜&横浜&伊豆大島&熱海と広範囲の観光名所を訪れて1泊2日の旅が数日間にも渡っての長旅のように思われる印象が強く記憶に残る旅となりました。少々ハードでしたが充実して堪能して満喫した旅でした。
なかなか長期休みが取れないのが現状です。今回のような短期間の間で広範囲で多くの観光名所を訪れる旅これからも行いたいと思います。