沖縄

飛行機で国内&海外の観光地巡り第二百六十弾:沖縄本土お城・城下町巡り
2014年1月18−19日


按司(豪族)が地方を治めた時代から、琉球王国の成立まで、グスクと呼ばれる城が多く築かれ、首里城をはじめ、複数の史跡が琉球王国のグスク及び関連遺産群として世界遺産になった沖縄県に足を運び、18か所のグスク(今帰仁城、名護城・座喜味城、伊波城、安慶名城、勝連城、中城城、浦添城、伊祖城、首里城、大里城、大城、糸数城、知念城、垣花城、玉城、南山城、具志川城)を訪れました。 

18日14:55関西国際空港出発
17:15那覇空港到達、レンタカーで名護方面に向かう。
18:30名護市内のホテル到着、近くの居酒屋で食事を済ませて就寝。
19日7:00レンタカーで出発、お城めぐりする。

今帰仁城:琉球に統一王朝が樹立(1429年)される直前の(北山、中山、南山)の北山を治めた国王の居城。1416年に北山が中山に滅ぼされた後には、琉球王府から派遣された北山監 守の居城となった。

名護城:桜(ヒカンザクラ)の名所として全国的に有名になった名護グシクは、名護市の歴史の中で重要な位置をしめる遺跡のひとつです。このグシクに、いつの頃から人が住みはじめたのか定かではありませんが、これまでに採集された中国製磁器類・類須恵器・高麗系瓦・土器などのさまざまな遺物からすると、少なくても今から約600年前(14世紀)のことだと考えられ、名護按司の居城として伝えられています。その頃は「グスク時代」と呼ばれ、奄美諸島から八重山諸島にいたるまで、人々は「グスク(グシク・スク)」と呼ばれる小高い丘の上に暮らしていたようです。また、それまでの数千年にわたる海や山の自然物の採集・狩獣による生活から、農業を中心にした生活に転換した時代でもあります。このグシクには、石垣をめぐらした防御の施設はありませんが、丘陵の尾根の緩やかな尾根を、一つは約3m、もう一つは約8mの深さに削り取った「二重の堀切」で敵の侵入を防いでいます。近年、沖縄島の数ヶ所の「グスク」で「堀切」が発見されましたが、特に、この「二重の堀切は」保存がよく注目を集めています。また、グシク内には、祝女殿内・根神屋・掟神屋・フスミ屋・神アサギなど、城区の拝所があり、大切な信仰の場となっています。

座喜味城:1420年代に有力な按司(アジ)であった護佐丸によって築かれた 城。北山が滅びた後も、その旧勢力見張る目的で造営され琉球王国成立の初期に国家権力の安定に重要な役割を果たした。

伊波城:石川市街地を北東側に見下ろす標高87mの丘陵に位置し、東西45m、南北52mの範囲に一重の石垣をめぐらせた単郭式の城で面積は3712uの比較的小型のグスクといえます。城壁は自然の地形を巧みにとりこみながら石垣をS字状にくねらせ、自然石をほとんど加工せずに積み上げていく野面積という技法で作られています。平成元年(1989年)の発掘調査によって城内の地表下50cmから数回の立替をしたと思われる無数の柱穴跡が発見され、掘っ立て柱建物の存在が確認されました。また大量の地元産土器や外国産土器中国産の青磁や白磁、三彩陶器・褐釉陶器・染付・南島産の須恵器なども出土しており、伊波按司の交易の広さと力を知る事ができます。また当時の人々の食べ残した貝殻や魚や猪の骨なども出土しています。これらの遺物は13世紀後半から15世紀のものが多く出土していますが、同時に貝塚時代の土器も多数出土しており、約二千八百年前の貝塚が伊波グスクを含めたこの全体にあったことがうかがわれ、この地域が古代から人々の重要な居住地であったことを改めて教えてくれます。

安慶名城:安慶名城は、14世紀の頃、安慶名大川按司によって築城されたと伝えられ一名大川城とも呼称されています。城跡は天願川畔の平地に屹立する琉球石灰岩の山全体を占め自然の断崖を巧みに利用して城壁とし、さらに山の柱腹部から野面積手法によって城壁を築き上げています。中心部は山頂大地であり、これを泡護するように外郭をめぐらした輪郭式の構造をもっています。内郭南側に開口する城門までは、東側下方から斜面に沿って石造りの階段がとりつけられていています。城門は自然の岩盤の裂け目を利用して、これを一部掘削し、さらに切石を組み合わせて、アーチ状に建造したものとなっています。城門の間隔は約1.0mと比較的狭くしてあり、内部中央付近の上下両脇には扉をとりつけるための敷居・鴨居穴が見られます。城内からは中国製の陶磁器やグスク時代の土器等が出土しています。

勝連城:琉球王国の王権が安定していく過程で、国王に最後まで抵抗した有力按司、阿麻和利の居城。阿麻和利は、1458年に国王の重臣で中城に居城した護佐丸を滅ぼし、さらに王権の奪取をめざして国王の居城である首里城を
攻めたが大敗して滅びた。これにより首里城を中心とする中山の王権は安定した。

中城城:琉球王国の王権が安定していく過程で、国王に最後まで抵抗した有力按司、阿麻和利の居城。阿麻和利は、1458年に国王の重臣で中城に居城した護佐丸を滅ぼし、さらに王権の奪取をめざして国王の居城である首里城を攻めたが大敗して滅びた。これにより首里城を中心とする中山の王権は安定した。

浦添城:首里城以前の中山王城として知られています。発掘調査から十四世紀頃の浦添グスクは、高麗系瓦ぶきの正殿を中心に、堀や石積み城壁で囲まれた巨大なグスクで、周辺には王陵・寺院・大きな池・有力者の屋敷・集落などがあったと考えられています。のちの王都首里の原形がここでできあがっていたようです。王都が首里に移された後、浦添グスクは荒廃しますが、一五二四年頃から一六〇九年の薩摩藩の侵攻までは浦添家の居館となりました。去る沖縄戦では、日米両軍の激しい戦闘により、戦前まで残っていた城壁も大部分が破壊されましたが、これまでの発掘調査によって、石積み城壁に基礎や、敷石遺構、建物跡などが良好に残っていることが確認されています。

伊祖城:伊祖部落の北東方に位置し、東西に延びる標高五〇b〜七〇bの琉球石灰岩の丘陵上に築かれた城である。眼下に沖縄最古の貿易港牧港をはじめ宜野湾、北谷の海岸、読谷の残波岬、南西には慶良間諸島を望む雄大な景観を呈し、要害の地になっている。伝承によると伊祖城は英祖王(一二二九〜一二九九年)の父祖代々の居城といわれ、英祖王もこの城で生まれたという。比較的規模の小さな城であるが、 丘陵を取り囲む形で石垣が巡らされている。石積みは切石積みと野面積みの両積石の技法が用いられ、東北向きの城門付近から本丸後(現伊祖神社付近)にかけては切石積み、南西側の断崖上の崖縁は野面積みとなっている。伊祖城跡の考古学的な調査はまだ実施されていないが、城内外からはグスク系土器や須恵器、中国陶器等が採取されている。

首里城:首里城は、三山時代は中山国王の居城であったが、1429年の琉球王国統一後は1879年に至るまで、琉球国王の居城として王国の政治・外交・文化の中心的役割を果たした。

大里城:大里村字西原の北側、標高約150メートルの琉球石灰岩の丘陵に形成されている。北側から西側にかけて急峻な崖状をなし、崖を背に堅固な城壁と天然の地形を巧みに利用したグスクである。この城跡は別称「島添大里グスク」とも呼ばれ、当主であった南山王・島添大里按司によって築城されたと「中山世鑑」の中に記されている。また尚巴志が最初に攻略した城でもあり、後に三山統一のきっかけともなり歴史的に重要なところである。城の規模は東西に長く延び、北側の最奥部の本丸跡を取り巻く形で南側、東側に広く連郭式の城壁が連なり、石積みは野面積みが大半である。1991年の村内遺跡分布調査の際試掘した結果、本丸跡から褐袖陶器、中国青磁、グスク土器、青銅製の飾り金具、丸玉、鉄釘などが出土し14世紀から16世紀の資料となっている。

大城:四面の崖に囲まれた城、初代琉球国王、大城真武按司が築城したと伝えられる。ウフグスクの別名を持つ。

糸数城:現在の糸数村落南側の断崖上に築かれた古城で、築城年代は不明ですが、玉城按司が二男を大城按司に、三男を糸数按司に任したという伝説があり、おそらく「三山分立時代」の初期14世紀前半の築城であろうと思われます。城壁は野面積みと切石積みと両方用いられ、切石積の部分が最も高く約6メートルで、この上に立つと太平洋と東支那海が眼下に望めます。構造的には比較的単純な城で、西側は断崖を利用し、東北東に城門をひらいています。城内の随所には遺物包含層がみられ、そこからは土器に混じって中国製品の陶磁器類が発見されます。また、「琉球国由来記」にも記載された「糸数城之殿」も城内の一角にあります。

知念城:知念按司の居城であると伝えられ、17世紀末に改築され、後に知念番所(役所)として使われていました。知念城跡の周りには、古屋敷跡、ノロ屋敷跡、古屋敷跡、知念按司墓、受水走水とともに稲作発祥の地があります。

垣花城:沖縄県の指定史跡になっているこの垣花城が作られた年代は明らかではありませんが、同じ南部にある糸数城などとと同じ14世紀前半頃ではないかと言われています。道路沿いにある少し広い所に車を停めて細い山道を登っていくと、すぐにいくつかの石垣が現れます。自然の形のままの琉球石灰岩を積み上げた野面積みという方法で、石をそれぞれうまく組み合わさるような形に加工した後に積み上げられる相方積みなどと比べると古い形式のものだという事が解ります。

玉城:
別名アマツヅ城とも称され、築城年代や歴代の城主についてはさだかでない。「島尻郡誌」では、「アマミキヨが築いた城であるとの伝説があって、城主は、一の郭、二の郭、三の郭の三つの郭からなる階段状の山城で天然の要害の地に築かれている。城壁は一の郭のみよく原型をとどめていて、二の郭と三の郭の城壁は、戦後、米軍基地建設の骨材料として持ち去られ、現在根石がかろうじて残っているにすぎない。一の郭は、東北東に自然岩をくり抜いた城門を構え、城内には「天つぎあまつぎの御嶽」(神名「アガル御イベ、ツルベ御イベ」)が祀られている。

南山城:琉球三山分立時代(14世紀頃)に栄えたグスクです。南山は明国と交易を盛んに行い、財源を得たり、明文化を移入したりして城を中心に南山文化を築いていました。15世紀になって中山王尚巴志に滅ぼされるまでの朝貢回数は22回を数えます。一九八四年、発掘調査が市教育委員会によって行われ、中国製陶磁器やグスク系土器の他、備前焼きスリ鉢、鉄鏃、ガラス製勾玉などが出土しています。これらの遺物から南山城は13世紀頃に築かれ、14〜15世紀前半が特に栄えていたことが分かりました。南山の東方には水量豊かな「カデンガー」、北方には源為朝と王の妹との逢引場所だと伝わる「和解森」(わだきなー)があります。

具志川城:断崖の付け根のところに城門があり、そこから一段下がって二の丸、さらに一段下がって本丸が海に突き出ています。石垣は珊瑚性石灰岩の野面積みですが、門の部分には、切石を用いた痕跡が残っています。城の規模は、長さが東西82〜3メートル、南北の巾は二の丸で33メートル、本丸で16〜7メートルです。二の丸には穴(俗に「火吹き穴」)があって海に通じています。久米島の伝説によれば、この城は久米島の具志川城主真金声(まかねくい)按司が伊敷索(いしきなわ)按司の二男真仁古樽(まにくたる)に攻められて落城し、島を脱出して本島に逃れ、故郷と同じ名の具志川城を築いたと言われています。その真偽は不明ですが双方の立地や規模、構造はよく似ています。

19日19:30那覇空港出発
21:15関西国際空港到達。 

今回の旅行、沖縄本土に足を運び18か所のお城グスクを訪れました。

琉球王国のグスク及び関連遺産群として世界遺産に指定され、結構見るべきものがあり、琉球王国成立までの歴史を学ぶことができました。

一泊二日の旅でしたが18箇所のグスクをゆっくり巡ることができました。




 















飛行機で国内&海外の観光地巡り第百二十七弾:沖縄本土&水納島&津堅島観光
2011年1月8ー10日


大小160の島々からなり、わが国唯一の亜熱帯性気候で年平均気温は約23℃、日本の南国リゾート沖縄に足を運び、その形からクロワッサンアイランドとも呼ばれ、周囲をサンゴ礁とエメラルドグリーンの海が取り巻く美しい島、水納島、勝連半島の先端からわずか4kmほど先にある平坦で土が根菜類の栽培に適しているためニンジン栽培が盛んでニンジン島として有名な津堅島を訪れました。

8日15:10関西国際空港出発
17:30那覇空港到達、レンタカーでコザに向かう。
18:30コザのホテル到達後、

嘉手納空軍基地の第2ゲートへ続くことから、通称ゲート通りともよばれる。横文字看板を掲げるテーラーや飲食店が立ち並ぶ通りの様子は、中央パークアベニューと違い、今もアメリカ統治時代の面影を強く残すコザゲート通りを散策して食事を済ませて就寝。

9日7:00レンタカーで出発、北部に向かう。

那覇から国道58号を北上すると、ひときわ目立つ観覧車が目印。人気のアミューズメント施設やショップ、レストラン、映画館、ライブハウスなどが立ち並び、昼夜問わず観光客や地元客で賑わっている。天然温泉やプールが楽しめる「ちゅらーゆ」、サンセットビーチも隣接しており、色々な楽しみ方ができる人気のエリア美浜アメリカンビレッジを訪れる。

標高127mの高台にある城跡で、15世紀初めに名築城家として知られる護佐丸によって築城された。2つの郭からなる連郭式。沖縄に現存するものでは最古といわれるアーチ門の優美な姿や、高さ14m・延長360m余りの城壁の堂々たる構えは見応え充分。沖縄戦の際には旧日本軍の高射砲陣地となり、戦後には米軍のレーダー基地が置かれていたが、現在では戦争の面影は見られず静けさを取り戻している。城壁の上からは、東シナ海の島々や那覇から本部半島までの沖縄本島西海岸を一望することができる座喜味城跡を訪れる。

高さ30〜40mにおよぶ隆起サンゴ礁の絶壁が、2kmにわたって続く景勝地。かつては航海の難所だったといわれるだけあって周辺の海は波が荒く、崖壁に当たって砕け散る白い波しぶきは豪快そのもの。ダイビングや釣りのスポットとしても人気が高い。岬の先端からは慶良間諸島や伊江島が望め、特に夕暮れ時の景観が美しい。岬の手前には、残波岬いこいの広場が整備されており、7mの巨大な残波大獅子がランドマークとして訪れた人々を迎えてくれる。敷地内一面に芝生が敷きつめられた公園は、レストランやレジャー施設も完備。海岸沿いにはエメラルドグリーンの海が美しい残波ビーチもあり、夏には海水浴を楽しむ多くの人で賑わう残波岬を訪れる。

隆起サンゴの岩礁でできた断崖切り立つ景勝地で、ダイビングや釣りのスポットとしても人気が高い。先端の展望台に立つと、西に残波岬、北東に万座毛、遠くには北部やんばるの山々が見渡せる。断崖の東側には海岸へ下りていく階段があり、間近で見る隆起した岩礁と透き通った海とが織りなす景観がすばらしい真栄田岬を訪れる。

東シナ海に突き出す万座毛は、高さ20mの琉球石灰岩の断崖と、その上に広がる芝生の公園で、沖縄きっての名勝。遊歩道を進んでいくと、万座毛のシンボルである象の鼻を連想させる隆起サンゴが現れる。1726年(享保11)、ここに立ち寄った琉球王尚敬が、「万人が座するに足る毛(野原)」と賞賛したのもうなづける景観だ。この言葉は地名の由来にもなっている。駐車場の入口には、18世紀の沖縄の代表的女流歌人、恩納ナベが王一行を歓迎して詠んだ「波の声もとまれ 風の声もとまれ 首里天加那志美御機拝がま」の歌碑が立つ万座毛を訪れる。

10:30渡久地港到達
11:00渡久地港高速艇で出発
11:15水納島到達、散策する。

本部半島の西方約7kmに位置する標高12mと平坦な隆起環礁状の島。島の形から、「クロワッサンアイランド」と呼ばれ、島の東から北にかけて連なる純白の砂丘、島を取り巻くように発達したサンゴ礁、エメラルドグリーンの海の美しさは、沖縄観光のキャッチフレーズ「海と空の美しさ」を象徴する景観で、かつては、島全体がメンナノ御嶽として聖域となっていました。明治23年、瀬底島の製糖組が開拓するまでは無人の島であり、同36年ごろ瀬底島から13戸が移住、集落が形づくられました。現在は、ニンジン、スイカ等の栽培と畜産が営まれています。島名は、文献によると「井戸皆無なり、島名これによっておこるか」とあり、水のない島ということから名づけられた水納島を散策する。

14:00水納島高速艇で出発
14:15渡久地港到達、レンタカーでやんばる方面に向かう。

宜名真の集落から山道を上る旧道沿いに続く、高さ80mもの切り立つ断崖。バンタとは崖の意で、束ねた茅を崖から投げ込むと、強風に打たれてバラバラになることからこの名がついた。茅打ちバンタに向かう道は、曲がりくねった急な坂道で、ここで行き会うとどちらかが下がって道を譲らなくてはならなかったので、戻り道とも呼ばれていた。崖の上の展望台から眼下を見下ろせば、思わず目もくらむ高さを実感できる。先に目を向けると、澄んだ海原に浮かぶ伊平屋島や伊是名島が見渡せる茅打バンタを訪れる。

沖縄本島最北端の地で、隆起サンゴの断崖がそそり立つ景勝地。岬の先端に立つと、左手に伊是名島や伊平屋島、北の海上には与論島も見渡せる。与論島を含む奄美諸島は1953年(昭和28)に本土に復帰したが、沖縄の本土復帰が実現するのは、1972年(昭和47)。先端付近には米軍統治時代に、与論島とこの岬でかがり火を焚き、本土復帰を訴えた海上集会を記念して立てられた祖国復帰闘争の碑がある。岬の背後にそびえる岩山は、辺戸岳。辺戸御嶽ともいわれ、琉球の祖先アマミキヨが沖縄の島々を創ったときに最初にこしらえたという伝説が残る霊地がある辺戸岬を訪れる。

17:00コザ方面に戻る。
20:00コザホテル到達就寝。

10日6:30レンタカーで出発、平敷屋港に向かう。
7:00平敷屋港到達
7:30平敷屋港高速艇で出発
7:45津堅島到達

与勝半島から南東約4km沖に浮かぶ周囲7kmの平坦な島。島の特産物であるニンジン畑が島一面に広がり、別名・キャロットアイランドとも呼ばれる。緑深いモクマオウの林を抜けると、白砂のビーチが1kmにわたって続くトマイ浜。シュノーケリングなどが楽しめ、干潮時には歩いて渡ることができる無人島、アフ岩もぜひ訪れてみたい。近くにあるキャロット愛ランドは、キャンプ場や展望台を備える憩いの場もある津堅島を散策する。

10:00津堅島フェリーで出発
10:30平敷屋港到達、レンタカーで北に向かう。

与勝半島の付け根付近、標高100mほどの高台に立つ梯郭式の城。高さが段違いになった5つの郭で構成されている。12世紀前後にかけて築城されたといわれ、農民の出身ながら勝連城主に登りつめた15世紀の阿麻和利の時代に増築された。傾斜を利用し、美しく積み上げられた城壁がかつての繁栄を今に残している。石畳の階段を上ってたどり着く一の曲輪からは、周辺の島々を一望できる勝連城跡を訪れる。

16世紀に日秀上人によって建立されたといわれる真言宗の寺。境内には樹齢350年を超えるフクギの大木をはじめ、アカギ、デイゴなどの木が立ち並ぶ。境内右側には大蛇退治の伝説が残る長さ270mの鍾乳洞、日秀洞がある金武観音寺を訪れる。

金武観音寺境内にある長さ270mの鍾乳洞。大蛇退治の伝説が残り、琉球八社の一つ、金武宮が祭られている。現在は、天然の泡盛貯蔵庫として活用されている金武鍾乳洞[金武観音寺]を訪れる。

慶佐次川河口の慶佐次橋周辺から上流約1kmにわたって、本島最大規模のヒルギ林が広がっている。メヒルギ、オヒルギ、ヤエヤマヒルギの3種類からなり、なかでもヤエヤマヒルギはここが分布の北限地となる。タコの足のような根を張るマングローブが延々と連なるさまはなかなかユニークの慶佐次湾のヒルギ林を散策する。

沖縄自動車道経由して那覇方面に向かう。
西原インター下車

那覇市を見下ろす標高約120mの高台に立つ琉球王国の象徴。1429年(永享元)から始まる琉球王朝の居城であるとともに、政治や文化、外交、祭礼の場でもあった。創建は14世紀末初め〜中期と推定され、地勢面、軍事面はもちろん、風水上も理想的な立地だった。城内の構成は、北京の紫禁城、ソウルの景福宮や昌徳宮との類似点も多く見られ、アジア各国との交易が盛んであったことがうかがえる。沖縄戦により焼失したが、1992年、本土復帰20周年を期に、1768年(明和5)の工事記録として残る資料をもとに復元された首里城公園(首里城)を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)の上郭の外に立つ楼門。中国の三間牌楼形式を基本に2層の赤瓦を葺いた屋根は、入母屋造といった独自の建築工法で造られている。門中央に掲げられた扁額にある「守禮之邦」は、「琉球は礼節を重んずる国である」という意味。1527年(尚清王時代)に創建されたが沖縄戦で破壊。現在の門は1958年(昭和33)に復元されたもの守礼門[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)の守礼門をくぐって、左手にある石門で国王が行幸(旅)する際道中の安全を祈願したという拝所だったと伝えられる。現在も敬けんな沖縄の人々の祈りが絶えない園比屋武御嶽石門[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)第一の門。中国から来た冊封使や国王が出入りした正門で、日本では珍しい中国風のアーチ式城門と両脇の石獅子が目を引く歓会門[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)第二の門。歓会門をくぐり階段を登って行くと現れる。門の手前の右側には、国王や冊封使の飲み水となる清水を注ぐ石彫りの龍樋がある。この琉球一と謳われた清水が門の名前の由来となっている瑞泉門[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)第三の門。楼内の水時計で時間を計り、太鼓で時間を報じていたことから名前がついたという。駕籠での入場を許されていた高官も、この門からは下りて歩いたと伝えられる漏刻門[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)第四の門。現在は首里城正殿の入場券売り場となっている。王朝時代は門の両側が役所になっていて、東側が士族の財産争いを調停する大与座、西側は社寺仏閣関係を扱う寺社座だったという広福門[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)正殿に入る最後の門で、広福門を抜け下之御庭と呼ばれる広場の左側にある。出入口は3カ所あり、中央の高い門は国王や賓客が、左右の門は家臣たちが利用したといわれる奉神門[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)の正殿前に広がる広場が御庭。赤白の鮮やかなラインは役人が位順に並ぶための目印といわれる。磚という敷き瓦が敷きつめられている首里城のほぼ中央に位置する東西約40m、南北約44mの空間は、中国からの冊封の式典や儀式、芸能などの舞台として利用された重要な空間であった。また、奉神門から正殿に通じる道は浮道といわれ、国王や冊封使などのみが通ることができた御庭[首里城公園]を訪れる。

首里城正殿に向かって右側に位置する建物で、平屋建て部分が城内の行政施設の表玄関・番所。2階建て部分が行催事を行う南殿。薩摩藩の役人の接待所でもあった。2つは廊下でつながり、現在は王朝時代に制作された絵画や漆器などの美術工芸品などが展示されている南殿・番所[首里城公園]を訪れる。

琉球王国最大の木造建築物で首里城(世界遺産・史跡)の顔。2重3階建ての建物や装飾化した龍柱、屋根に横たわる龍の棟飾などは、琉球独自の形式といわれる。1階の下庫理は、国王や重臣たちが重要な儀式や会議を行ったところ。また、王家の行事が催された2階の大庫理には、国王や女官が国家安泰や子孫繁栄を祈願したおせんみこちゃの間もある。華麗な彫刻で飾られた正殿のなかでも目につく龍は国王のシンボルで、たくさんの龍が首里城には棲んでいる正殿[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)正殿に向かって左側の平屋の建物で、通常は重要案件を審議したり、表15人衆や里之子と呼ばれる役人が働く行政施設だったが、冊封使(中国皇帝の使節団)が訪れると接待所として使われた。1853年(嘉永6)に上陸したペリー提督ともここで応接を受けた北殿[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)北殿北側の坂道つきあたりにあるのが右掖門。国王のプライベートな空間、御内原への通用門だった門の右掖門[首里城公園]を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)北側城壁にあり、主に女性たちが使用していた通用門。歓会門と同様、石造アーチ門で、現在は一般見学コースの出口になっている久慶門[首里城公園]を訪れる。

首里城外郭に設けられた門で、城の修理工事の際に使用されていた。現在は常時開いていて、車イス利用者などバリアフリーコースの出入口になっている木曳門[首里城公園]を訪れる。

首里城公園の北、円鑑池周辺の一角に架かる龍淵橋の奥に広がるのが龍潭。この大きな池は尚巴志王時代の1427年(応永34)、冊封使を歓待するために造られたもの。池のほとりの花と、水面に映る首里城を眺め、龍船を浮かべてハーリー船競漕を楽しんでいたという往時が偲ばれる龍潭を訪れる。

首里城公園の北側にある大小の人工池。円覚寺総門の西側にある小さな円い池が円鑑池。池には弁財天堂のある中之島に琉球石灰岩の切石が積まれた天女橋(重要文化財)とよばれる橋が架かかっている。弁財天堂は1502年(文亀2)、朝鮮国王から贈られた方冊蔵経を納めるための経堂だったが、1609年(慶長14)の薩摩藩侵入で蔵経が焼失、代わって円覚寺にあった弁財天像を移したことからついた名前だという弁財天堂と円鑑池を訪れる。

1494年(明応2)、第二尚氏の第3代尚真王によって3年かけて造られた第二尚氏王家の菩提寺。鎌倉の円覚寺を模して建てられたもので、かつて広い寺域には総門、放生橋(重要文化財)、山門、仏殿、龍淵殿が一直線に並び、優美な姿を誇っていたという。先の沖縄戦で破壊され、現在は総門と放生橋のみが復元された。放生橋は沖縄最古の石橋で、獅子や鶴亀、牡丹などが彫られている。その緻密で豪放なレリーフは、沖縄石彫美術の最高峰と謳われるほどの円覚寺跡を訪れる。

1501年(文亀元)、尚真王により父尚円の遺骨を改葬するために建てられた第二尚氏歴代の墓。首里城の西側に位置する壮大な石造建築物。板葺き屋根の宮殿を模した切妻屋根型の墓室が東室・中室・西室の3基連なり、東室には国王、王妃の遺骨、西室には王族の遺骨、中室には洗骨前の遺骸を安置したとされる玉陵を訪れる。

首里城の南側、日本の道100選にも名を連ねる城下町の風情漂う散策道。約300mわたって続く石畳道は1522年(大永2)に造られた首里城から国場川に架かる真玉橋まで4km続く南部への幹線道路(真珠道)の一部だった。沖縄戦で真珠道のほとんどを失ったが、金城町は死角であったため、奇蹟的に戦禍をまぬがれた金城町の石畳道を訪れる。

首里城(世界遺産・史跡)の南に位置する琉球王家最大の別邸で、中国の冊封使の接待に利用されていた。約4万2000平方mの園内は、池の周りを歩きながら景色の移り変わりを楽しむことを目的とした庭園となっていて、フクギやガジュマルが生い茂る。基本的には日本庭園だが中国式のデザインも取り入れられ、琉球独特の雰囲気が漂う。池に架かる橋からの眺めも情緒豊か。写生を楽しむ人の姿も見られ、沖縄ならではのゆっくりとした時間の流れを感じることができる識名園を訪れる。

14:30終了、空港に向かう。
17:00那覇空港到達
18:15那覇空港出発
20:05伊丹空港到達

今回の旅行、何回も訪れたことのある日本の南国リゾート沖縄に足を運び、沖縄諸島の最後の訪れとなった周囲をサンゴ礁とエメラルドグリーンの海が取り巻く美しい島、水納島、ニンジン栽培が盛んでニンジン島として有名な津堅島の2つの離島と本土の観光名所2泊3日で訪れました。

素朴な2つの離島と主に中部から北部の広範囲の本土の多くの自然遺産・文化遺産のドライブ観光、満喫しました。

最終日の午後からは過去に何回も訪れたことのある首里公園、今回は時間を掛けてガイドブックを詠みながら巡り、琉球王の偉大さを感じ、歴史学習できました。

今回の旅行で沖縄本土含めて沖縄諸島をほぼ制覇できました。























飛行機で国内&海外の観光地巡り第九十弾:沖縄県渡名喜島&久米島観光
2010年3月20ー22日


那覇市の北西約60km、久米島・慶良間諸島・粟国島のほぼ中間に位置する有人島の渡名喜島と無人島の入砂島の2島からなり、面積は3.74km2で沖縄県最小、且つ日本で二番目に小さい自治体であり、フクギに囲まれ、赤レンガの昔ながらの沖縄の家が保存された集落全体は、国の重要伝統的建造物群保存地域に指定されている渡名喜島、東シナ海に浮かぶ自然の恵み豊かな島には湧き水があり、かつては米の島と呼ばれるほど稲作が盛ん、現在その澄んだ湧き水を利用して泡盛が造られ、又近年は、海洋深層水を利用した商品や、タラソテラピーなども登場し、ウェルネスの島として注目されている久米島に足を運びました。

20日14:30神戸空港出発
16:40那覇空港到達、ゆいレールで県庁前下車、国際通りを散策、食事を済ませてから近くのホテルで床に就く。

21日7:30出発、歩いて泊港に向かう。
8:30フェリーで泊港出発
10:45渡名喜港到達、電気自動車で島巡り

ちゅらさんのオープニングで使われた島。渡名喜島の直ぐ近くにあり、各所からみることができる。今は米軍の砲弾の練習に使われ、立ち入ることはできない。というより危険。ちゅらさんのオープニングでは、空撮した映像が流れ、周辺の碧い環礁がとてもきれいだった入砂島を望む。

集落の北に位置し、クサティ森の役割を担う里には「里殿」「ヌル殿内」の拝殿などがあり、島内随一の拝所となっています。昭和53年の発掘調査の結果、この地は14世紀から15世紀頃のグスク時代の遺跡だということが判明しました里遺跡を訪れる。

島には遠浅できれいな浜が集落を囲むように点在しています。なかでも島の東側に位置する延長約700mの美しい遠浅の浜で、子どもたちの日常の海水浴の場となっています。伝統的な水上運動会もここで開催されます。干潮時には歩いて枝サンゴなどを見ることができるあがり浜を散策する。

フクギ群の正確な樹齢は不明であるが、村民の伝承によれば、少なくとも200年は越えるものと推測される。樹高約14メートル、樹高周囲1.7メートルとして合わせて9本の大小木からなる。
平成元年(1989年)このフクギ郡から6本の取り木がおこなわれ、渡名喜小学校(878番地)に創立百周年記念木として植栽されている200年フクギ群を訪れる。

海岸の崖下に石を積み上げて築いた通路、あがり浜からアンジェーラ浜に向かう途中のウーシに旧道としてその一部が残っています。かつて人々は農作業に出かけたりする際、断崖が海に迫っている所では満潮時になると重い荷物を背負って険しい山の坂道を越さねばなりませんでした。そこで人々は、ブー(賦役、夫役・公役)を出して通路を造りました。かつての交通史を考える上でも貴重な遺産のアマンジャキを訪れる。

御嶽は海寄りの小高い丘陵の突端部に位置し、現集落からは遥かに遠く、不便な場所ながら、ユブクノーから嶽起し遥拝がなされている。その下のカーシリと称される砂礫の推積地は、干ばつ時に島の神人たちによる雨乞い行事が行われる唯一の場であり、御嶽を囲むように二つの侵食川が隣接し海に注いでいるカーシリのヌーチュヌーガ御嶽を訪れる。

港を南に行くと、カルストチックな壮大な屏風岩のある崖山の景観が続く。シュンザより、見劣りはしないでもないが、こちらのほうが手軽に見える西部のカルストの山を訪れる。

南部の道路から行くことになるけど、上り坂もきついが景色もすばらしい。入砂島の他、慶良間諸島の島々が見渡せる大岳展望台を訪れる。

また、向かいのエーシジ小岩島には、海での遭難者が葬られていたとされ、海神を祀る聖地が、かつては岩上に生えた大アコウ樹の元にあった神の宿る岩イェーンシジを訪れる。

渡名喜島ではカツオ漁の盛況に伴い明治25年に初めて貫木屋の赤瓦葺が建てられて以降、大正の中期までには村内の約9割が貫木屋赤瓦葺となり、現在見る美しい集落景観が形成されました。平成12年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、伝統的家屋の保存修復事業が始まりました。翌13年9月の台風16号により多くの伝統的家屋が甚大な被害を受けましたが、国の迅速な災害復旧事業により美しい集落景観が継承されています集落を散策する。

上門家はのこ島の初代村長を勤めた家柄。 建築年代は不詳。建物は本瓦葺きで、建用材料はチャーギ(イヌマキ)が主。屋敷は内側と外側ともに西と南面を海の珊瑚石灰岩を切り出して造った、高さ1.5メートルほどの上仕上げの石垣で築いている。屋敷林はフク木やクロ木。また、主屋を中心に南東側に前の屋(倉)、北東側にフール(石造の豚舎)を配し、昔の裕福だった面影を伝えている旧家上門家(ウィジョーヤー)を見学。

毎年来襲する台風を防ぐため、できるだけ掘り下げた土地に屋敷を建てたため、独特の形状となっています。大雨が降っても、地下10メートル以上も白砂であるため、浸水する事はまれですぐ干上がります。そのように環境から昔の人の知恵が忍ばれる集落の道路より低い屋敷を見学。

門を入ると正面にソーンジャキがある。ソーンジャキは道路から家まの内部が見えないように、また、悪風よけのために造られるもので、古くはチニブ作り(網代)、テーブルサンゴの石積みである家並みを確認する。

集落は軽自動車がやっと1台通れるくらいの細い道。その道は白砂でとてもきれい。この道小学生が”早起き会”で朝6:30に集まって掃除をしてくれている白砂の道を確認する。

村道1号線は、集落内の道。もちろん白砂。高さ1mくらいのスタンドライトが数メートルおきにおかれ、夜は道がライトアップされる。ライトアップはとてもきれいな村道1号線のライトアップを確認する。

18:00民宿到達、食事を済ませてから床に就く。

22日7:00起床、朝食を済ませてから集落の家並みを歩いて再度巡る。

11:00フェリーで渡名喜港出発、久米島に向かう。
12:30久米島兼城港到達、レンタカーで島巡り。

きめ細かな真っ白い砂が、2kmにもおよぶロングビーチをつくりだす。海底の砂は沖合いまで続き、波は穏やかで美しいイーフビーチを訪れる。

島の東に位置する離島、奥武島の南側にある奇石群で直径1m〜2mの五角形・六角形の平滑な石が畳のように敷く詰められた様から畳石と呼ばれています。この石群は溶岩が冷え固まるときに冷却面に対して垂直に割れ目が走ってできる柱状節理で、これだけ広がりのある場所は全国的に珍しいとされています畳石を訪れる

奥武島「畳石」のすぐ近くにある、ウミガメの保護を目的とした施設。絶滅の危機にあるウミガメ類の現状をパネルや映像でわかりやすく説明しています。大水槽ではゆったりと泳ぐウミガメの姿を見ることができ、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイのかわいらしい子ガメ達の水槽もあります久米島ウミガメ館を見学。

深みのある色合いと伝統の絣模様が美しい久米島紬。日本の紬絣技法は久米島を起点に発達したといわれており、国の重要無形文化財にも指定されています。「久米島紬の里ユイマール館」は久米島紬の共同作業所で、ほぼすべての工程を見学することができます。併設の「展示資料館」では久米島紬の歴史や工程の説明、植物染料の紹介、作品の展示を見ることができ、また久米島紬を使った小物やネクタイなどの販売もおこなっています久米島紬ユイマール館を見学。


島の北東部海岸を高さ約200mの断崖(方言:バンタ)から見下ろす景色はエメラルドグリーンの海と海岸線が美しく、はての浜や遠方の粟国島、渡名喜島、慶良間諸島が一望できます比屋定バンタを訪れる。

沖縄で最も高い位置(標高309m)にあるとされる城跡で、城壁は安山岩の野面積みによって築かれています。城内からは中国製陶磁器が出土や外洋大型船に使用された思われる碇石が発見され、外国との交易が盛んだったことがうかがえます。
また、島で最も高い山頂ですので、島の大半以上、そして隣の島々や晴れた日には沖縄本島が眺望でき雄大なパノラマを堪能することができます宇江城城跡を訪れる。


海に面した石灰岩の丘陵地に立地し、東側の正門跡以外は高さ30m以上の断崖になっています。15世紀後期に築かれたとされ、城壁は石灰岩又は安山岩を混ぜた積み方に特徴があります。ここから青磁・中国古銭・陶器類が出土しており、外国との交易が盛んだったことがうかがえます具志川城跡を訪れる。

石灰岩と凝灰角礫岩からなる岩が寄添い、浸食や風化によって造形された方言で穴開きを意する奇岩です。岩の割れ目が女性の象徴として例えられ子宝に恵まれない女性が拝むと、ご利益がある?と言われるようです。海岸は地元で磯釣りのポイントとして親しまれておりますミーフガーを訪れる。

人気のない寂しい農道で不思議な現象に出会います。お化けが出る?坂の途中で車を止めギアをニュートラルにしてブレーキを放してみると勾配に反して車が動き出します。実は国内に数本しかない目の錯覚を起す道路なんですおばけ坂を通過する。

古くからこの地にリュウキュウマツが植えられていたとされ現在のものは1839年に二代目として植え換えられたとの記録があります。通常の松は成長につれ上に伸びますが、幹周り約4.3mに対し高さが約6mしかなく、枝ぶりは特に見事で根元から太い枝が石を枕に地表を這い、その面積は約250uにも及びます。美しさと風格を称えられ琉歌にも詠われています五枝の松を見学。

間切り(役所)の地頭代を代々勤めた士族の家で、現在の建物は1754年に建築された木造平屋建です。屋敷は石垣と福木林に囲まれ、琉球王国時代の風水思想に基づいた民家の屋敷構えを今も残しています。また立派な石垣であることから「石垣殿地」と呼ばれる由縁でもあります上江洲家を見学。

沖縄県を代表する県指定天然記念物のクメジマボタルと島に棲む小さなホタルたち、ホタルを生かす島の生きものたちを、ミニ水族館やミニ昆虫館のような展示で紹介しています。島の生きものがおかれている現状を写真や資料で訴え、ホタル館の設立目的のひとつである保護・保全活動の要となっている久米島ホタル会の活動報告も展示されています久米島ホタル館を訪れる。残念ながら休館でした。


15:00久米島空港到達。
15:45久米島空港出発
16:20那覇空港到達、食事を済ませてから
19:40那覇空港出発
21:30神戸空港到達。

今回の旅行、今の冬、3回目の訪れである沖縄の2つの離島に足を運び、初めての訪れである小さくて静かな島、フクギに囲まれ、赤レンガの昔ながらの沖縄の家が保存された集落全体は、国の重要伝統的建造物群保存地域に指定されている渡名喜島をゴーカート気分の一人乗りの電気自動車で3周してくまなく島の観光名所を巡りました。

一方2回目の訪れである本島周辺離島でもっとも大きな島、久米島を訪れ、アクセス便の都合で3時間しか滞在できませんでしたが、島を一周する道路沿いに観光名所が密集しており、過去の記憶を取り戻しながらレンタカーで島を巡りました。

2泊3日の沖縄の2つの離島の旅、今まで訪れた離島の大半はあまり整備されてなく素朴な感じでしたが、さすが人気のある沖縄の近場の離島、道路も広く舗装され、観光しやすいように案内板もしっかりして整備され、観光しやすい2つの離島巡りでした。

沖縄の離島、訪れていない有人の離島は鳩間島、水納島、津堅島の3島になりました。
もうすぐ制覇です。頑張ります。
















飛行機で国内&海外の観光地巡り第八十五弾:沖縄本土&伊是名島&伊平屋島観光
2010年1月9日ー11日


今回は大小160の島々からなり、わが国唯一の亜熱帯性気候で年平均気温約23℃の日本の南国リゾート沖縄に足を運び、本土の史跡、サンゴの石垣とフクギ並木に囲まれた赤瓦の家々が続き、美しい自然と沖縄の原風景が残る、自然と歴史の島、琉球王朝第二尚氏の始祖・尚円生誕の地でもある伊是名島、沖縄最北端の島で太陽に照り輝く美しい島、てるしのの島と呼ばれている箱庭のように連なる美しい山々の稜線に広がる田園風景、延々と続く砂浜、そして澄んだエメラルドグリーンの海、民俗学最後の宝庫といわれるように、さまざまな神事や伝統行事が今も守り伝えられている伊平屋島を訪れました。

9日14:30神戸空港出発
16:45那覇空港到達、レンタカーで名護方面に向かう。
18:30名護のホテル到着、市街地を散策して食事を済ませてから床に就く。
10日7:00レンタカーで出発、名護、本部の観光名所を巡る。

標高345mの名護岳に位置する名護市民の憩いの場所。14世紀に今帰仁城主の弟にあたる名護按司が居城としていたところで、現在は城壁なども残っていないが、周辺は公園として整備されている。長い石段を登ってたどり着く展望台からは、名護湾や市街を一望できる名護城跡・名護中央公園を散策する。

1957年(昭和32)創業。沖縄のビールメーカー・オリオンビールの工場。原料の説明から製造工程をスタッフと回りながら見学できるオリオンビール名護工場の前で撮影。

本部方面に向かう。
本部半島の北側、緑濃い山々に囲まれた連郭式の山城跡。約5万平方mの広さは首里城に匹敵する規模を誇り、かつては難攻不落・沖縄屈指の名城とうたわれた。沖縄に南山、中山、北山の3つの勢力が対立していた三山時代(14〜15世紀)、北部一帯を支配していた北山王が三代にわたって居城とし、幾重にも複雑に連なった城壁が当時の面影を今に残す。城跡の入口手前には、今帰仁村歴史文化センターがあり、今帰仁城や村周辺で暮らしてきた人々の歴史や文化を紹介している今帰仁城跡を散策する。

防風林として発達したフクギが、島の北西端、備瀬崎に面した備瀬集落を囲む。南蛮貿易時代にアジアから移植されたフクギは丈夫で成長が早く、厚い葉が特徴。沖縄本島では最大規模を誇る並木だけあって、集落全体のありとあらゆる道にフクギ並木が延々と立ち並び、まるで迷路のようだ。海洋博公園がすぐ近くだということを忘れてしまうような静けさが集落全体を包みこんでいる備瀬のフクギ並木を散策する。

1975年(昭和50)開催の沖縄国際海洋博覧会の跡地につくられた国営公園。沖縄美ら海水族館をはじめとする様々な施設がある海洋博公園を散策する。

海洋博公園内にある広大な植物園。2000株以上のランを中心に、熱帯・亜熱帯の花や果樹を鑑賞できる。中世の城をイメージした建物内には展望台もある熱帯ドリームセンターを訪れる。

海洋博公園内にある植物園。広大な敷地を使い、熱帯・亜熱帯植物による都市緑化技術の情報を提供する熱帯・亜熱帯都市緑化植物園を散策する。

10:00運天港到達
10:30フェリーで伊是名島に向かう。
11:25伊是名島伊是名港到達、レンタカーで島巡り

伊是名島は本部半島の北西約27kmに位置する周囲16kmの円形の島。琉球王朝第二尚氏の始祖、尚円王の出身地で、ゆかりの史跡が多い。沖縄の原風景ともいうべき家並みが残る伊是名集落。周囲を美しいサンゴ礁に囲まれており、周辺には具志川島、屋那覇島、降神島の3つの無人島がある。

伊是名島内に数多くある尚円王ゆかりの史跡のひとつで、この場所は尚円王の生誕地。王国時代から大切に護られてきた土地で、今も沖縄各地から参拝者が絶えない。園内には高さ3.5mの尚円王像が東方を指して堂々と立っている。奥の林には県史跡の尚円王生誕地屋敷・御臍所[みほそじょ]がある。1415年(応永22)に、金丸が誕生した場所で、大きな石の下にへその緒が祭られている。近くには金丸が産湯を使ったという馬蹄形の井泉、潮平御川がある尚円王御庭公園を散策する。

フクギ並木やサンゴの石垣、赤瓦屋根の民家など、沖縄の原風景といったたたずまいを残す閑静な集落。近世には島の番所(役所)が置かれていた。尚円王ゆかりの旧家の屋敷や、デイゴの大木が歴史の古さを語っている伊是名集落を散策する。

ノロとは村の神事を主宰する神女のこと。伊是名集落のノロ殿内には、推定樹齢400年という県下随一のデイゴの大木が立っているノロ殿内とデイゴを訪れる。

伊是名集落にある尚円王の叔父が先祖の銘苅家は、王朝時代に代々島の地頭職を務めた旧家。その住宅が国指定重要文化財に指定されている。門から入ると正面にヒンプンが、右側には屋根付きの門が立ち、女性は門、男性はヒンプンの左側から出入りしていたという。現在の建物は1905年(明治38)の再建で、母屋と那覇からの客の宿泊場所だったアサギ(離れ屋)の2棟がある。良質のマキ材を使って、伝統的な沖縄の建築様式で建てられている。母屋の背面と台所の外壁が漆喰塗りになっていることと、母屋とアサギが別棟でありながら屋根がひと続きなのが特徴の銘苅殿内を訪れる。

ギタラとは尖った岩山のことで、海にあるのが海ギタラ、山間にあるのが陸ギタラと呼ばれお互い向かい合うように競り立っている。両ギタラの中間にはギタラ展望台があり、ここから両ギタラを間近に眺めることができる。また、ここから車で5分の所にはしらさぎ展望台があり、両ギタラはもちろん、チヂン岳や伊是名城跡など伊是名島を代表する美しい景色が一望できる海ギタラ 陸ギタラを訪れる。

伊是名島にある。第二尚氏に先立ち、1429年に琉球初の統一王朝である第一尚氏王朝を築いたのは尚巴志だが、島の東端にある伊是名城跡は、14世紀中ごろ尚巴志の祖父にあたる鮫川大主が築城した城だ。珪岩[けいがん]でできた城は海抜約100m、三方が海や絶壁という天然の要塞で見事なピラミッド型をしている。山全体が城で、北側に石垣が築かれている。この城は鮫川大主が本島へ移ると廃城になった。県指定史跡の伊是名城跡を訪れる。

尚円王の息子、尚真王の時代の1501年(文亀元)、伊是名城跡の北斜面に造られた第二尚氏王統の墓陵。首里の玉御殿が造営された直後のことだった。県指定史跡の伊是名玉御殿を訪れる。

中心部に向かう。

島の歴史や文化、民俗を学べる資料館。館内には尚円王の親族である銘苅殿内の所蔵品を常設展示している。祭事に使われた祭具や、首里の国王から賜ったという掛け軸、漆器など、貴重なものばかり。伊是名島の周辺は遺跡も豊富。島の北に浮かぶ無人島の具志川島で発掘された貝輪着装人骨の展示は見逃せない。貝輪8枚を腕につけたまま発掘されたという珍しい人骨で、約2500〜3500年前のものといわれている伊是名村ふれあい民俗館を見学。

島の約3分の1の面積を占める自然公園。山肌一面に琉球松が群生するさまは、巨大な盆栽のようだ。2kmの遊歩道には3つの東屋が設けられ、二見ガ浦海岸、伊是名山、地神岳などの景勝地を眺めながら散策できる。二見ガ浦海岸は「日本の渚100選」に選ばれたサンゴ礁の海。一角には陸ギタラと海ギタラとよばれる岩山が、山側と海側で向かい合うようにしてそそり立っている伊是名山森林公園を散策し眺望する。

17:00中心部にあるホテル到達、食事を済ませてから床に就く。

9:00チャーター艇で内花港から伊平屋島に向かう。
9:30伊平屋島に隣接する野甫島の野甫港到達、レンタカーで島巡り。

伊平屋島の南西海上500m沖に位置する、周囲4.82kmの島。野甫島と伊平屋島の間に、全長1244mの野甫大橋が架けられたのは1979年(昭和54)。橋の途中からは伊是名島・伊江島・沖縄本島が見渡せ、反対側にはシマサキ海岸景勝地とよばれる絶好の展望が広がる。橋の付け根の両岸には白砂のビーチもある野甫島を一周する。

本部半島から約40km、沖縄本島辺戸岬の真西約42kmの東シナ海に位置する沖縄県で最北の有人島。山がちだが平地には水田もある。南部の米崎ビーチは、全長1244mの野甫大橋で野甫島とつながっている。歴史的には第一尚氏ゆかりの島。クマヤ洞窟には天孫降臨伝説が伝わる伊平屋島を巡る。

島へ向かうフェリーが伊平屋島の玄関、前泊港に入ると、港のターミナルの背後に巨大な岩が見える。虎を伏したような形をしているので虎頭岩といわれ、自然の風水岩として島の人々に親しまれている。岩の斜面に設けられた階段で頂上まで登ることができ、海と山の景色を一望できる。近くには森林浴やハイキングに最適な腰岳森林公園もある虎頭岩を訪れる。

県の天然記念物。高さ78m、枝張り25m。枝の広がりは約770平方mにおよぶ。久米島の五枝の松とともに琉球松の二大銘木と讃えられ、1990年(平成2)には「新日本の銘木100選」にも選定。古くから名松として知られ、琉歌にも歌われているが、実は今の松は2代目にあたる。兄松と呼ばれる先代は、約540年前に植えられたが盗伐されてしまった。今の2代目が植えられたのは約300余年前という。松の周辺は公園として整備されている念頭平松を訪れる。

海に面してそびえ立つ高さ40mの岩山。県の天然記念物。岩の中にはクマヤ(籠穴)と呼ばれる洞窟がある。洞内は奥行き44m、幅14m、高さは6〜15mと、人が1人やっと通れるくらいの入口の狭さからは想像がつかないほど広い空間となっている。この岩には「南の島の天の岩戸伝説」ともいうべき内容の天孫降臨伝説が伝えられている。大昔、神々の間でもめごとが起こり、天照大神がここに隠れたといわれている。洞窟の奥では、古代人が住んだ跡が確認されている。内部は聖地・御嶽でもあるクマヤ洞窟を訪れる。

全山をクバ(ビロウ樹)の原生林に覆われた、高さ94mの山。県の天然記念物。島のほとんどの山に琉球松が群生しているのに、この山だけ古来沖縄で神のよりしろとされているクバに覆われているのは神秘的。島の最北端、田名崎にあるが、伊平屋島は沖縄県最北の有人離島なので、ここが沖縄の最北ポイントの田名のクバ山を訪れる。

伊平屋島の最北端、田名岬、クバ山にあるが、伊平屋島は沖縄県最北の有人離島なので、ここが沖縄の最北ポイント。頂上には伊平屋灯台が立つ。晴れて空気が澄んだ日には、やんばるの山々や鹿児島県最南端の与論島、その先の沖永良部島までを見渡すことができる伊平屋灯台を訪れる。

12:30前泊港到達
13:00フェリーで運天港に向かう。
14:20運天港到達、レンタカーで那覇に向かう。

途中約280年前に建てられた豪農屋敷で、沖縄戦の戦災を免れて琉球王朝時代の民家構造を完全に残している。1720年(享保10)ころには地頭職であったため、士族屋敷の形式としての風格もある。ほかにもトゥングワとよばれる屋根裏部分を物置きに使用するために屋根が低くなっている台所や、フールとよばれる豚小屋などに特徴がある。中世の日本の家屋と中国の建築の影響が随所に見られ、琉球時代の裕福な農家の暮らしを今に伝えている中村家住宅を訪れる。

中城湾を望む標高160mの高台にある世界文化遺産の名城跡。県内に300あまりが残されているグスクの中でも特に美しい遺構が残っており、国の史跡にも指定されている。先中城按司が築いた城を15世紀中頃、琉球が三山分立から統一へ向かった頃に活躍した築城家でもある座喜味城主の護佐丸が国王の命令により移り住み、三の郭と北の郭を増築し、完成させたといわれている。6つの城郭からなる連郭式の城は、琉球石灰岩の切石を基本に自然の岩石、地形的条件を生かした石垣が城壁を囲む。築城年代が違うため、切石積みの技法も野面積みと布積み、亀甲乱れ積みの3つの技法が見られる中城城跡を散策する。

17:30那覇空港到達。
19:00那覇空港出発。
20:40神戸空港到達。

今回の旅行、最近冬場は何回も訪れている南国の島、沖縄に足を運び、本土の由緒ある城跡をめぐり、又まだ訪れていない2つの離島、伊是名島、伊平屋島を訪れ、沖縄の歴史学習で重要な史跡巡り、二泊三日の旅、堪能しました。

今回で沖縄の有人離島で訪れていないのは鳩間島、渡名喜島、水納島、津堅島を残すのみとなりました。もう直ぐ沖縄の離島制覇です。頑張ります。





















飛行機で国内&海外の観光地巡り第八十弾:石垣島&波照間島&竹富島観光
2009年11月21−23日


今回は沖縄本島の南西、八重山諸島の玄関口、石垣島、星の綺麗な日本最南端の有人島、波照間島、八重山の美しい原風景が残る島、竹富島に足を運びました。

21日15:05関西国際空港出発
17:25那覇空港到達
18:40那覇空港出発
19:40石垣空港到達、タクシーで石垣港付近のホテルに向かう。
20:00ホテル到着後繁華街で食事を済ませて床に就く。
22日8:20高速艇で波照間に向かう。
9:20波照間港到達

石垣島から南西63kmの、日本最南端の有人島。高那崎には日本最南端の碑が立つ。サトウキビ栽培が中心ののどかな島で、中央に集落がある。この島は緯度が低いため、本州で見ることのできない星座が観測でき、口径200mm屈折式望遠鏡を備えた星空観測タワーが人気をよんでいる波照間島をレンタカーで巡る。

左回りで一周道路を走行する。

一週道路から浜へ向かう道へ歩いていく。突然目の前に広がるいくつも青色の景色は、思わず歓声をあげたくなるほど美しい。波照間島の北西部にある浜は、真っ白な砂浜とエメラルドグリーン海の美しい日本で一番南のビーチ、ニシ浜を訪れる。

島の西岸の波打ち際にある隆起サンゴ礁の上に、太い幹をぐねぐねとくねらせながら育つハマシタン(和名ミズガンピ)の大木群を見ることができる。群落内には二十数本の老大木があり、大きな木では樹高3.5m、幹の周囲が2mもあり、樹齢数百年に及ぶのではないかといわれ、町指定の天然記念物に指定されているハマシタン群落を散策する。

日本最南端の碑は、1972年(昭和47)の沖縄本土復帰を記念して立てられたもの。北回帰線までわずか66kmという位置にあり、目の前に広がる太平洋の先にはフィリピン諸島がある。海側へ出ると、左手に見えるのが高さ数10mの断崖絶壁が続く高那崎・日本最南端の碑を訪れる。

日本最南端の碑にほど近い場所に立つ観測タワー。館内のプラネタリウムでは波照間の夜空を上映している。屋上のドームにはコンピュータ制御された口径200mmの屈折式望遠鏡があり、夜には天体観察ができる星空観測タワーを訪れる。

シムスケーとは旧シムス村跡にある古井戸のこと。その昔、7ヵ月にも及ぶ大干ばつの際、1頭の牛がこの地を前足で掘り水を飲んでいた。それを見た人々はここに井戸を掘り、水を得て、命を救われたと伝えられているシムスケーを訪れる。

島の中央にある集落に向かう。

15世紀末、琉球王朝の重税に反対し、農民の代表として反乱を起こしたオヤケアカハチが生まれた屋敷跡の碑。今でも八重山が生んだ英雄として関係する碑が各地に残されているオヤケアカハチ生誕の碑を訪れる。

波照間港から集落へ向かうと気になる石垣がある。何かの遺跡のような雰囲気のこの地は「旧藩時代の火番所 会場の船舶の通報のために炊火を揚げた」と記された石碑が側にあり、歴史を感じさせる場所。側の階段を上がってみると、島中を見渡せ、遠くのほうに西表島さえも見ることができる。最高の眺めであるコート盛を訪れる。

13:00波照間港到達
13:15高速艇で石垣島に向かう。
14:15石垣港到達、石垣タウンを散策

本の最南端に位置する八重山諸島の歴史と文化を紹介している博物館。八重山上布や陶磁器などの美術工芸品、民具類をはじめ、琉球王府時代の古文書、南方から漂着したくり舟など八重山ならではの文物が約1万2000点収蔵され、600点の資料を展示している八重山博物館を見学。

戦後八重山民政府の知事に任命された吉野高善氏の陶器のコレクションや、民具、家具、歴史資料を収集・展示。沖縄の民家に招かれたような独特の雰囲気が印象的な南嶋民俗資料館を見学。

1819年(文政2)、宮良間切の頭職だった宮良親雲上當演が、琉球の伝統的な建築様式にのっとり造らせた館。世界大戦で沖縄本島の士族家屋はことごとく焼失したが、石垣島は戦火を免れた。そのため、当時の士族の邸宅を知る資料として、国の重要文化財に指定されている。母屋の右奥にある庭園は首里の名造園師、城間親雲上が設計監督したもので、国の名勝に指定されている宮良殿内を見学。

ホテルに戻ってから繁華街で食事を済ませて床に就く。

23日鳩間島に向かう予定でしたが波が高く高速艇が欠航、竹富島に変更。
7:30石垣港から高速艇で竹富島に向かう。
7:40竹富島到達
石垣島の西方約6km、サンゴ礁に囲まれた小島。島の集落には、昔ながらの赤瓦屋根の家並みが保たれ、国の町並み保存地区となっている。琉球民謡安里屋の発祥の地であり、集落の美しさは最も沖縄らしい島と讃えられる。毎年秋に国指定重要無形民俗文化財の種子取祭が島の人たち総出で行われる竹富島を歩いて左回りで島を一周する。

西表石垣国立公園竹富島の自然と伝統文化・芸能を紹介する施設の竹富島ゆがふ館を見学。

島で一番のサンセットスポットがここ。目の前には西表島やカヤマ島を望め、夕方になると海に沈む夕日と赤く染まる空を見にくる島の人も多い。昼間は真っ青な海に突き出た桟橋が印象的な西桟橋を訪れる。

コンドイビーチの南側にあるビーチ。別名星砂の浜ともいわれ、砂浜に手を押しつけると手のひらにたくさんの星砂や太陽砂がくっついてくるカイジ浜を訪れる。

島の中央部の集落に向かう。

1987年(昭和62)、国の伝統的建造物群保存地区に選定。ハイビスカスが咲き、サンゴを積み上げた石垣に囲まれた家の伝統的な赤瓦と白砂の道が美しいコントラストを見せる集落は、昔ながらの景観を残している。町中央の赤山公園にある、なごみの塔からの景観がすばらしい竹富島の集落を散策。

標高約20m、島で一番高いンブフルの丘の民家に立つ展望台。ンブフルの丘の名前の由来は、かつて仲筋集落の住民の飼っていた牛が夜中に逃げ出し、角をシャベルがわりに土や石を積み上げ一晩で丘を築き、朝になり頂上で「ンブフル、ンブフル」と鳴いたところからきているという。展望台は今から30年以上前、生盛氏という島民が島を見下ろしてみたいという思いで作ったそうだ。島全体をはじめ、西表島や石垣島など周辺の島々まで望むことができるンブフル展望台を訪れる。

赤瓦屋根が並ぶ集落のほぼ中央にある、赤山公園の丘に立つ塔。赤山丘には壇の浦の戦いで敗れた平家の落ち武者、赤山王が住んでいたという伝承がある。1953年に有志によって赤山丘一帯が集落に寄贈されると周辺を赤山公園として整備し、塔も竣工した。塔のてっぺんからは、町並み保存地区に指定された集落を見下ろすことができるなごみの塔を訪れる。

竹富島の代表的な織り物、ミンサーをはじめ、八重山地方の染織の製作工程を見学できる工芸館。帯やランチョンマット、財布といった製品を館内で展示販売もしている竹富民芸館を見学。

民芸品から伝統工芸品、美術品など約4000点を展示する、竹富島の歴史民俗資料館。もともとは喜宝院という、日本で最南端の寺の初代住職、上勢頭亨氏が蒐集した民俗、考古資料を保存展示したもの。その資料は多種多様だが、なかでも珍しいのは、わら算(琉球王朝時代に庶民がつくり出した文字の代用品で、わらの編み方や結び方などを組み合わせて、物の種類や量などを記したもの)。国の登録有形民俗文化財に指定されている喜宝院蒐集館を見学。

12:30竹富島港到達。
12:45高速艇で出発
12:55石垣島港到達、石垣タウン散策
15:40バスで石垣空港に向かう。
18:15石垣空港出発
19:05那覇空港到達
19:40那覇空港出発
21:10関西空港到達

今回の旅行、4回目の訪れの石垣島、前回2回にわたって波浪により波照間島断念、今回はやっとの思い出、日本の最南端の島、波照間島を訪れることが出来、満足できました。
しかし鳩間島は波浪のため足を運ぶことが出来ず、次回持ち越しとなりました。

鳩間島に代わって3回目の訪れとなる竹富島を歩いて細部にわたって十分な観光巡りしてきました。

11月ですが西高東低の冬型気圧、22日は晴れましたがその他の日は小雨で風がやや強く、なかなか八重山諸島の観光巡りは苦戦、今回も天候に恵まれない旅でした。
やはり天候の穏やかな夏に訪れることですね。

 












飛行機で国内&海外の観光地巡り第五十二弾:沖縄阿嘉島&慶留間観光
2009年2月7−8日


12回目の沖縄旅行、昨年秋に慶良間諸島の渡嘉敷島、座間味島訪れ、今回は慶良間諸島の残りの島、阿嘉島、慶留間島、外地島に足を運びました。

7日15:15関西国際空港出発
17:30那覇空港到達、ゆいレール経由で県庁前下車、国際通りを散策してからシーフードと石垣牛の食事を済ませてから泊港近くのホテルで宿を取る。

8日9:00天候曇り、泊港から高速艇で阿嘉島に向かう。
10:10阿嘉島港到達、レンタバイクで島巡り観光。

北東に向かい、阿嘉島の東部に広がるビーチで島の中で最も賑わい、目の前に安室島、安慶名敷島、座間味島が浮かぶ北浜ビーチを散策する。

港方面に戻ってから南西に向かう。
阿嘉島の南部に位置し、南方に阿嘉島大橋、慶留間島、外地島、東には安室島の向こうに渡嘉敷島も見える天城展望台を訪れる。

阿嘉島の南西部に位置する浜で夕日のポイントでもあるひずしビーチを散策する。

北に向かい中岳展望台、後原展望台で阿嘉島周辺の島々が点在するエメラルドグリーンの海を眺望する。

阿嘉島の西にあるロングビーチ、後原ビーチを散策する。

集落、港方面に戻り阿嘉島と慶留間島を結び、総延長530mの阿嘉島大橋を通過して慶留間島に向かう。

船頭主家と呼ばれる旧家で、琉球王府時代の末期に建設されたものといわれ、離島の民家としては建築年代が古く、国の重要文化財に指定されている高良家を見学。

慶留間島の南部にある慶留間橋を通過して外地島に入りケラマ空港近くの沖縄本土も望める外地展望台を訪れる。

15:30フェリーで阿嘉島港出発
17:00泊港到達、国際通りに向かう。

国際通りで食事を済ませてから県庁前駅でゆいレールに乗り那覇空港に向かう。

19:40那覇空港出発
21:25関西国際空港到達

今回の旅行、慶良間諸島の座間味島の南、渡嘉敷島の西に位置し、島内はほとんど森林原野で覆われ、国指定天然記念物のケラマジカが生息し、自然豊かな島はダイビングポイントとしても人気で展望台やビーチなど、どこからも慶良間の島々を見渡すことが出来る阿嘉島。

阿嘉島と橋で結ばれ、人口90名の小さな島、琉球王朝時代には中国との海上貿易の中継地として栄え、島出身者が船頭の大役を担い、国指定重要文化財の高良家は往時の繁栄ぶりをいまに伝え、赤レンガの家並みが数多く残る静かな雰囲気の島、慶留間島。

慶良間空港が位置する無人の島、外地島をレンタバイクで観光巡りしました。

前回の慶良間諸島の渡嘉敷島、座間味島を含め、2回目の慶良間諸島の訪れ、数多くある慶良間諸島の島々をほぼ制覇しました。

世界的にダイバーには有名なダイビングスポットの多い慶良間諸島、観光面では地味ではあるが、のんびり落ち着くことが出来る島、各島の周囲に島々が点在する綺麗な海を見渡せる随所に位置する展望台、透き通ったサンゴ礁の海、綺麗なビーチ、結構楽しめる観光旅行でした。






飛行機で国内&海外の観光地巡り第五十弾:沖縄北大東島&南大東島観光
2009年1月10−12日


沖縄本島から遥か380kmかなたの、隆起サンゴ礁で出来た沖縄最東端の島、玉置半右衛門により1903年から開発が進み、サトウキビ栽培と燐鉱採掘で賑わいを見せた、北大東島と南大東島に足を運びました。

10日15:15関西国際空港出発
17:30那覇空港到達、国際通りを散策して食事を済ませて宿を取る。
11日7:30出発、天候曇り、那覇市内を散策しながら那覇空港に向かう。
9:00那覇空港到達。
10:15那覇空港出発、南大東島に向かう。
11:20南大東島空港到達、レンタカーで島巡り観光。

東に向かい波打ち際にある岩場を掘って造られた海水プール、海軍棒プールを訪れる。

北に向かい地層に亀裂が入り、岩場が割れているスポット、まるで岩の隙間に落ち込むような迫力のある風景が、岩間の奥深くまで続き、ダイトウビロウの木も生息するバリバリ岩を訪れる。

西北に向かい島内には約27箇所ある洞穴の中でも最大のもので、長さが約400mもあり、日本で唯一第三紀隆起サンゴ礁の中にある鍾乳洞で多種多様な鍾乳石が見られる星野洞鍾乳洞を訪れる。

島の中心部に向かい本来汽水域にできるオヒルギの群落(マングローブの構成種)が、島がまだ環礁だった頃の名残り、内陸封鎖型のマングロープとして生息、世界的にも珍しく、国の天然記念物にも指定されている大池のオヒルギ群落を散策する。

学術上も興味深い自然が多々残る南大東島は島がまるごとミュージアム、そんな島の情報を集めて発信し、さまざまな活動を行っている施設、ビジターセンター島まるごと館を見学。

島の開拓者玉置半右衛門によって作られた神社、信仰心の強い八丈島からの開拓者達によって崇められ、境内にはダイトウビロウなど多種の樹木が生い茂っており、開拓時代に思いを馳せてみる大東神社を訪れる。

約20年前まで、南大東のサトウキビ産業を支え、沖縄戦後唯一の軌道で、現在、ふるさと文化センターの前に展示されているシュガートレインを見物する。

南西に向かい、東の海軍棒プールと同様に波打ち際にある岩場を掘って造られた海水プール、潮の干満によって水位がかわる、塩屋海水プルーを訪れる。

島の中心の集落に位置するホテルで宿を取る。

12日天候晴れ、8:40南の亀池港からフェリーで出発。北大東島に向かう。
9:30北大東島の南に位置する江崎港到達、レンタカーで島巡り観光。

東に向かい、実際の最東端である真黒岬が到達困難な場所にあるため、代わって最東端を示す記念碑が飛行場の東にある沖縄最東端の碑を訪れる。

北西に向かい、戦前に燐鉱石採掘の拠点として使用されていた貯蔵庫や軌道、燐鉱石発掘を行っていた精糖会社の出張所などの跡地、燐鉱石貯蔵庫跡を訪れる。
すぐそばにある燐鉱石貯蔵庫から島外へ運ぶための燐鉱石が積み下ろしされていた港跡を訪れる。
明治18年に、日本の領土であるという証のために立てられた木製の標識、現在の標識は昭和12年に再建されたもので、周囲は公園として整備されている国標を訪れる。

島の中心に向かい、開拓の父玉置半右衛門によって建立され、開拓当初から天照大神を祭り、島民によって崇められてきた宮、大東宮を訪れる。

南西に向かい断崖絶壁が頑なに島を取り囲み、到達が困難だった無人島に初めて開拓団が上陸したと伝えられている場所、開拓当初はサトウキビの出荷港でもあり、上陸100周年を記念して造られたモニュメントがある上陸公園を散策する。

南に向かい、東西約1200m、幕のように連なる崖はその姿から別名屏風岩とも呼ばれ、付近一帯は貴重な植物の宝庫であり、ヒメタニワタリやハマオモトなどの植物群落は、国の天然記念物にも指定されている長幕を眺めながら通過する。

17:10北大東島空港出発。
18:30那覇空港到達。
19:50那覇空港出発。
21;25関西国際空港到達。

今回の旅行、水深が4000mの海底から立ち上がった火山島の頂にサンゴ礁が堆積し、数度にわたって隆起をした隆起サンゴ礁の島々で、高さ10m−20m級の断崖絶壁に取り囲まれており、1900年に八丈島出身の玉置半右衛門が開拓に着手してから、サトウキビ栽培と燐鉱石発掘拠点の島として発展、八丈島と沖縄の文化が入り混じった、独特の風土が根ずく島、北大東島と南大東島を訪れました。

両島はサトウキビ畑に覆われ、北大東島は燐鉱石発掘拠点としても賑わい、海岸線は隆起サンゴ礁で出来た島のため砂浜は無く、岩礁に取り囲まれ、住民も少ないため、自然そのままで、汚れを知らない海の透明度はおそらく今まで訪れた中でぴか一といっても過言ではないでしょうか。

フェリーで南大東島から北大東島に渡りましたが、島自体が火山の頂からできたもので周囲の海は水深も深く、波除の防波堤も作ることができない、そのため船は岸壁への係留は難しく、島の近くに待機して、人、荷物はオリの箱に入り、クレーンで積み上げで船から島、島から船へと移動、今まで見たことの無い光景で驚きの一言でした。

本土から沖縄を経て時間の掛かる遠方の島、目だった観光名所は少ないですが、珍しい隆起サンゴ礁の島、人的に改変しにくい島、自然一杯の島、訪れて過去に無いタイプの満足感を抱き、遠方の島巡り観光、無事終了致しました。







飛行機で国内&海外の観光地巡り第四十六弾:沖縄渡嘉敷&座間味観光
2008年11月22−24日


今年3月、沖縄離島久高島以来10回目の訪れとなる沖縄で、今回は沖縄の西40kmに浮かぶ大小10余りの島々からなる慶良間諸島の渡嘉敷島と座間味島に足を運びました。

22日15:15関西国際空港出発
17:30那覇空港到着、ゆいレールで牧志駅下車、国際通り散策、新鮮な海の幸をいただいてから近くのホテル到達、宿泊。

23日天候快晴、絶好の観光日和、7:00出発。
宿から海沿いに、泊港に向かい散策、途中に中国福州の名勝をイメージして造られた異国情緒が漂う庭園、那覇市と中国福州市の国際友好都市締結10周年を記念して開園した福州園、海に張り出した険しい隆起サンゴ礁の上に立つ神社、熊野三社権現を祀る琉球八社の一つで海上交通の安全や豊漁、豊穣を司る波上宮を訪れる。

9:00高速艇で泊港出発
9:35渡嘉敷港到達、レンタカーで島巡り
南に向かい阿波連集落の前にあるサンゴ礁に囲まれた海岸に真っ白い砂浜が美しい風景を作り出している2つのビーチ、渡嘉志久ビーチ、阿波連ビーチを散策する。

阿波連ビーチの近くにある阿波連展望台、南端にある阿波連埼展望台から海岸線を眺望する。

渡嘉敷港に戻る途中の林道沿いの高台にある展望台で渡嘉敷港や集落が一望できる港の見える丘展望台を訪れる。

北に向かい島で最も高い海抜227mの赤間山頂に西と東の2箇所にある展望台から慶良間諸島に浮かぶ各島々を一望でき、周囲をぐるりと海に囲まれた県内でも指折りの絶景ポイント、西山展望台を訪れる。

15:30フェリーで渡嘉敷港出発
16:40泊港到達。
散策しながら沖縄県立博物館、美術館に向かう。
那覇市首里にあった旧県立博物館を移転してリニューアルし沖縄の自然、歴史、文化などに関する資料を収集、展示する沖縄県立博物館、沖縄で初めての県立美術館、郷土ゆかりの作家の近現代美術を中心にアジア、アメリカなど海外アーティストの作品も多数展示する沖縄県立美術館を見学。

国際通りに向かい散策して霜降りの石垣牛のステーキを頂いてから宿に就く。

14日天候曇りのち雨
7:30出発、泊港に向かう。
9:00高速艇で泊港出発
9:50座間味港到達、レンタカーで島巡り。

座間味港の西側に広がる公園にクジラをかたどった滑り台などの遊戯がそろい、公園前の海ではブリーチングするクジラのオブジェが海面から顔を出すなど、とにかくすべてがクジラ尽くしのくじら公園を散策する。

島の南西部に位置する映画でも有名になった犬、マリリンの像が阿嘉島に向かって立ち、遠浅のビーチで目の前に嘉比島や安慶名敷島などの慶良間の島々が浮かぶ阿真ビーチを散策する。

島の西に向かい西部の岬にあり、晴れていれば久米島が見え、サンセットのスポットとして知られている女瀬の崎展望台を訪れる。

島の北西に向かい北西部の断崖にある展望台で東シナ海が広範囲に見渡せる稲崎展望台を訪れる。

標高131mの高月山の頂上にある島を代表する展望台、展望台は2箇所あり、どちらも慶良間の海に浮かぶ島々が眺められる高月展望台を訪れる。

14:00フェリーで座間味港出発
16:10泊港到達
ゆいレールで那覇空港に向かう。
17:15那覇空港到達。
19:35那覇空港出発。
21:20関西空港到達。

今回の旅行、那覇から約40km西方の海上に位置する慶良間諸島の渡嘉敷島と座間味島、海が美しくダイビングポイントとしては世界的な知名度を持ち、近年ではホエールウォチングも盛んに行われている2島を2日間で巡りました。

訪れる旅行客は今のシーズンはほとんどがダイバー、島々はサンゴ礁に囲まれ、世界屈指の透明度を誇る海、納得できるように思われます。

又岬、山頂には多くの展望台があり、変化に富んだ海岸線、綺麗な海、慶良間の海に浮かぶ島々の眺望を楽しめ、観光客も十分満足のできる島々でもありました。

次回はまだ訪れていない慶良間諸島の島、阿嘉島に足を運びたいと思います。








飛行機で国内&海外の観光地巡り第二十三弾:沖縄&久高島観光
2008年3月29−30日


今回も又沖縄本土と初めての離島久高島に行ってきました。

29日14:35関西空港出発
16:55那覇空港到達、
レンタカーで国際通り付近の宿に到達、徒歩で国際通りを散策して食事を済ませてから宿を取る。

30日6:30レンタカー出発、生憎雨、かなり激しい。薄暗い雨の中を北東に向かう。
7:30海中道路通過して沖縄県唯一の石油貯蔵基地がある平安座島通過してからサトウキビ畑などの緑が広がる風景の中に四つの集落が点在するのどかな島、宮城島に到達。
伊計大橋を通過して平坦な土地にサトウキビ畑がひろがるのどかな島で地元でも人気のある伊計ビーチのある伊計島を巡る。
戻って浜比嘉大橋を渡って琉球開びゃくの祖といわれるアマミキヨ、シネリキヨゆかりの地、それぞれにまつわるアマミチューの墓やシルミチュー霊場をはじめ、多くの排所や御嶽が存在し、神の島とも呼ばれる浜比嘉島を訪れる。

8:30南東に向かう。
南城市にある巨岩が重なり合う神秘の場所、琉球王国最高の聖地、世界遺産の斎場御嶽を訪れる。

10:00フェリーで久高島に向かう。10:30久高島到達、レンタサイクルで島巡り。
北東に向かい、島北東端部の途中道の脇にアダンやオキナワシャリンバイ、ビロウ、クロツグなど亜高木、低木、草本層の三つの階層構造が見られ沖縄県の天然記念物に指定されているカベールの植物群落を通り過ぎて先端の琉球の始祖、アマミキヨが降り立ち、住み着いたとされている地、海の神、竜宮神が鎮まる場所でもあり、旧暦の一月か二月にその年の大漁祈願が行われる島の神事の要所、カベールを訪れる。
北西に向かい畑の脇を抜けると舗装された遊歩道が海に向かって続いていてかつては子宝祈願や愛を誓い合う場所であるロマンスロードを訪れる。
西に戻り島の中心部に集落が散在しアカムライ、久高御殿庭、大里家、ユクミヤー、外間殿等の文化的名所を訪れる。

13:00フェリーで本土安座真港に向かう。13:30安座真港到達。
レンタカーで南岸に沿って西に向かう。
180度自然のテラスにたって久高島やコマカ島が見渡せる景勝地、知念岬公園によってから大きな橋、ニライ橋、カナイ橋を通過して知念按司の居城と知られる城、知念城跡を訪れる。周辺には古屋敷跡などが残っている。
又アマミキヨが築いたといわれている伝説の城、玉城城跡を訪れる。

漁で賑わうスモールアイランド、奥武島を巡ってから沖縄戦最大の激戦地で平和の尊さを実感する、沖縄戦の悲惨さを現代に訴える平和祈念公園を見学。
西に向かい有名なひめゆりの塔に寄ってから険しい断崖絶壁と紺碧の美しい海が広がる景勝地、恒久平和のシンボル平和塔が立つ沖縄本土南端の岬、喜屋武岬を訪れる。
飛行場に向かい17:55那覇空港出発、20:05伊丹空港到達。

今回の旅行、沖縄本島南部の東側に位置し神の島として、沖縄の中でも特別な存在の島、琉球の祖神であるアマミキヨが初めて降りたった場所、五殻が初めてもたらされた場所、国造りにちなむ神話が伝えられていてイザイホーをはじめ、数多くの神聖な祭祀が受け継がれている久高島、海中道路で渡れる平安座島、宮城島、伊計島、浜比嘉島、ハーリー祭りで有名な小さな島、奥武島、1日で6つの島を巡り、又本土での世界遺産の斎場御嶽をはじめいくつかの有名な文化遺産巡り堪能しました。






飛行機で国内&海外の観光地巡り第二十二弾:沖縄&伊江島観光
2008年3月8−9日


今回も暖かい沖縄と離島伊江島その他の島に行ってきました。

8日14:35関西空港出発
16:55那覇空港到達、
レンタカーで国際通り付近の宿に到達、徒歩で国際通りを散策して食事を済ませてから宿を取る。

9日6:00レンタカーで出発、西原インターから沖縄自動車道経由して許田インター下車、名護から本部方面に向かう。

8:00瀬底島大橋を通り瀬底島に入り島の西にある人気のビーチで沖には水納島が見え、夏には観光客も多い瀬底ビーチを訪れる。

8:30本部港からカーフェリで出発、9:00伊江島伊江港到達、レンタカーで島巡り、西の向かい第二次世界大戦で伊江島は激しい攻撃を受け、多くの人命と財産をなくし、戦争の苦難の歴史を訪ね、平和について考える資料館、ヌチドゥタカラの家を見学、近くの伊江ビーチを訪れてから東海岸沿いを北に向かい北端に位置する海に面した86000uの広大な敷地に白いじゅうたんのようにユリで覆いつくされるリリーフィールド公園を訪れる。

西に向かい断崖絶壁の続く島の北部にある展望台で海の美しい青のグラデーションが広がる眺めが美しい湧出展望台を訪れる。
湧出とよばれる断崖絶壁は真水が湧き出る場所、本島からの海底送水が実現するまでの重要な水資源。

南に向かい伊江島の祖先が生活を営むために知恵を絞り改良を加えて作ってきた民具等を展示しているいーじま山山民具資料館を見学、南岸に向かい力石があり持ち上げると子宝を授かるという言い伝えがあり、戦時中は防空壕として使用され多くの人を収容したことから千人洞と呼ばれるニャティヤ洞を訪れる。

沖縄戦当時、最前線からアメリカ本土にニュースを伝え、伊江島で殉職した米従軍記者、アーニーパイル慰霊碑に寄ってから島の中央の町に向かい標高172mの伊江島唯一の山、伊江島と本土を結ぶフェリーから望む山の頂は島のシンボルと呼ぶに相応しい伊江城山を登る。イータッチューの名で親しまれている。

又有名な沖縄芝居伊江島ハンドゥー小、その舞台となった島村屋の屋敷跡に建てられた施設、史跡島村屋観光公園を訪れる。この物語は美女ハンドゥー小の非恋を描いた物語で沖縄三大悲劇のひとつとして有名。

13:00伊江港カーフェリーで出発、13:30本部港到達、北東に向かう。

無人島、奥武島を通過して屋我地大橋をわたり島の中心部付近にはパイナップルやサトウキビの畑が広がり海辺に集落が点在している屋我地島到達、全長1960mで真っ直ぐ延びた橋の左右にはエメラルドブルーの海が広がっている古宇利大橋を通過して人類発祥を表す伝説も残っており神秘的な島として知られている古宇利島を一周する。

13:00帰路に向かう。許田インターから沖縄自動車道経由して那覇インター下車、那覇空港の南にある島で本土と米軍が建設した海中道路によって結ばれ休日になると多くの人々で賑わい、空港から一番近い島で観光客の立ち寄りスポットとしてポピュラーな瀬長島を訪れる。

17:00那覇空港到達、17:55出発、19:35伊丹空港到達。

今回の旅行、本部半島の北西9kmの洋上に浮かぶ島、イージマタッチーと呼ばれる城山が平坦な島の中央にそびえたち、南岸には美しいビーチが続き、北側には絶壁が続く景勝地が広がる伊江島と橋で本島から渡れる5つの島(瀬底島、奥武島、屋我地島、古宇利島、瀬長島)を1日で巡り堪能しました。





行機で国内&海外の観光地巡り第二十一弾:沖縄&粟国島観光
2008年2月23−24日


今回は沖縄本土と沖縄の離島、粟国島に行ってきました。

23日14:30関西国際空港出発、
16:55那覇空港到達。
ゆいレール空港駅から美栄橋下車し、宿によってから国際通りに向かい散策、食事を済ませてから宿を取る。

24日天候曇りのち時々晴れ、風強く肌寒い、7:00ゆいレールに乗車し那覇空港に向かう。

8:30の飛行機で粟国島に向かう。8:50粟国島到達。
レンタカーで島巡り観光。

島の西南に向かい西南端に位置するえぐられたように突き出る、海抜約90mの断崖絶壁、崖の上にはマハナ展望台があり目の前に絶景が広がる筆ん崎を訪れる。
南岸を東に向かい筆ん崎入り口で海岸線を望み、ここからすぐ東にあるヤマトゥーガー訪れ、泉があり、水に乏しい島のためそこから流れる地下水を貯水タンクに貯めていました。

およそ300年前にお宮が出来たといわれていて、島の人たちはクゥンヌルと呼び、旅の安全、健康祈願などをかなえる観音堂によってから南東海岸にある映画ナビィの恋の1シーンにも出てくる海岸で、散策コースにも最適で公園も併設されており村民の憩いの場となっている遊歩道を散策。

東海岸沿いを北に向かい東から北の海岸一帯に村指定の天然記念物、モンバの木の群集を見てから白い砂浜が数百メートル続く海水浴場、長浜ビーチを訪れる。

北に向かい自生するソテツ原野ほ保護と、有効利用のため現在数十頭の肉用牛を飼育している村民牧場を訪れてから粟国島の名を全国に広めた塩工場、粟国の塩工場を見学。

西に向かい約200年前、賭け事に負け流刑にされた雲水という僧侶が住みつき、その生涯を閉じたといわれる洞寺を訪れ、ライトアップされた鍾乳洞がとても神秘的でした。又近くに琉球民謡、むんじゅる節発祥地といわれ1998年にその記念歌碑とブロンズ像が建立されたむんじゅる節の歌碑を訪れる。

島の中心に向かい、集落内に映画ナビィの恋でバイオリンとオペラの歌声で踊る人々が登場する印象的なシーンに使用された場所、大濱倶楽部を見学。
西に向かい大正天皇即位記念事業として大正4年に完成、遊歩道も整備された大正池公園を訪れる。

又海抜96m、粟国で一番の高台で、昔番屋遠見台として、唐船が近海を通る際タイマツにて慶良間諸島から首里王府にそのことを知らせた場所、番屋跡を訪れる。
16:15粟国空港出発、16:35那覇空港到達。
17:55那覇空港出発、19:55伊丹空港到達。

今回の旅行、初日は沖縄の繁華街、国際通りを散策し、翌日は沖縄本土からの離島、映画ナビィの恋の舞台となった粟国島を島巡り、粟国島の地味であるがゆっくりと時間をとって粟国の自然に接することが出来ました。






飛行機で国内&海外の観光地巡り第十九弾:宮古島&多良間島&伊良部島観光
2008年2月9−11日


今回は沖縄随一の美しさを誇る海、宮古諸島に行ってきました。

9日14:35関西国際空港出発、16:55那覇空港到達、18:15那覇空港出発、19:05宮古空港到達、タクシーで市街に到達、食事を済ませてから宿を取る。

10日天候曇り、風強い、気温も低い、8:00市街を散策してからタクシーで宮古空港に向かう。
10:00宮古空港出発、10:20多良間空港到達、レンタカーで多良間島巡り。

空港から北に向かい、島の北側の集落内に琉球王朝時代に船の見張り台として使われた石積みの高台跡があり、現在は公園として整備されて展望台が立っており、展望台から田園風景や遠く石垣島や宮古島まで望む。
多良間島の歴史と文化を知ることができ、館内には古文書や昔の農具に漁具、生活用具をはじめ、数多くの展示されている資料館、ふるさと民俗学習館を見学。
水納島を望む北端の鮮やかなエメラルドグリーンの海のふる里海浜公園のビーチを訪れる。

集落から東に向かい650mほど続く参道に美しいフクギ並木が続いていて、白砂が敷かれた参道をフクギがトンネルのように覆う塩川御嶽を訪れる。
集落をはずれた島の中央部や外周道路の内側にはサトウキビ畑や牧場が続く。

16:15多良間空港出発、16:35宮古空港到達、レンタカーで南の方に向かう。
白砂の海岸が見渡す限り続く、宮古で最も広いビーチ、与那覇前浜を訪れて宮古と来間島を結ぶ全長1690mの来間大橋を望む。
来間大橋を通過して来間島にはいる。対岸の与那覇前浜や伊良部島に続く壮大な景色が一望できる竜宮城展望台を訪れる。
市街に戻り食事を済ませてから宿を取る。

11日7:35のカーフェリーで平良港から伊良部島佐良浜港に向かう。
7:45佐良浜港到達、サバオキ公園に寄ってから北に向かい伊良部島に飛来するサシバをリアルで巨大化に再現した展望台、宮古島や池間島方面を望めるフナウサギバナタを訪れる。
西海岸公園、白鳥崎に寄ってから中心部の南の方に向かう。

日本の渚百選のひとつに選ばれた遠浅の海に大岩が転がる佐和田の浜を訪れてから橋で下地島に向かう。

日本唯一の民間パイロットの訓練飛行場、下地島空港によってから西海岸側にある吸い込まれるような深い青色の水をたたえた二つの池が周囲の海の色との違いで神秘的な景観を形ずくっている通り池、1771年大津波で運ばれてきたとされてる巨大な岩、島では御神体として崇められている帯岩を訪れる。

東に向かい伊良部島に戻ってサシバをかたどって作られた真っ白な展望台牧山展望台で伊良部一の高さから見る風景は壮観。

10:30カーフェリーで佐良浜港出発、10:40平良港到達、北に向かう。

高台になった砂山を越えたところに自然の造形が見事なビーチ、アーチ状に侵食された巨大な岩が有名な砂山ビーチに寄ってから、宮古島の北端にある景勝地、岬の展望台から池間大橋や池間島、伊良部島、下地島を望める西平安名崎を訪れる。
近くの宮古島沖の地下海水を使い、含有ミネラル18種類は世界一多いとされている雪塩を製造している雪塩製塩所を見学。

池間島を結ぶ全長1425mの橋、池間大橋を通過して自然に富んだ小さな島池間島を巡る。

南下して奥行き1kmの入り江に発達したマングローブ、宮古諸島最大の群落を形成している島尻マングローブ林を散策する。

海岸線に沿って南下し新城海岸、吉野海岸に寄ってから宮古の最東端、紺碧の海に突き出した美しい岬、東平崎名崎、80度以上の雄大な海の景観が望める平安名埼灯台を訪れる。

西に向かい世界中の貝を6000種類、1万2000点集めた博物館、宮古島海宝館を見学してからドイツの古城、マルクスブルク城がシンボルのヨーロッパの雰囲気が漂うテーマパーク、19世紀後半、上野村沖で座礁したドイツ商船を救助した上野村民の博愛精神を称え、ドイツ皇帝ウィルヘルム1世が宮古島に博愛記念碑を建立したうえのドイツ文化村を訪れる。

島の中心部に向かい200種類以上の熱帯植物が生い茂り1年中咲き乱れる花々の間をたくさんの蝶々園、みやこパラダイスを散策する。
宮古諸島の自然、歴史、文化、民俗などに関するさまざまな資料を展示する宮古島市総合博物館、大きなガジュマルが植えられ広さ約12万平方mの園内にはガジュマルやヤシ、アジア各地から集められたさまざまの熱帯植物が約1600種、約4万本植えられている宮古島市熱帯植物園を見学。

17:55宮古空港出発、19:45関西国際空港到達。

今回の旅行、ダイビングスポットで有名な宮古諸島(宮古島、多良間、伊良部島、下地島、本間島、池間島など)2泊3日で6つの島を巡り、沖縄随一の美しさを誇る海でマリンスポーツを楽しめる宮古島、手つかずの自然が残る沖縄屈指の伝統芸能、八月踊りの伝統芸能の島、多良間、ダイビングスポットも多い伊良部島、下地島、宮古島から橋で渡れる小さな島、本間島、池間島めぐり堪能しました。







飛行機で国内&海外の観光地巡り第十八弾:与那国&小浜島&竹富島&石垣島観光
2008年1月12−14日

今回は日本の最西端の島、与那国に行ってきました。

12日13:30関西国際空港集合、14:35出発、16:55那覇空港到達、18:45那覇空港出発、19:45石垣空港到達、タクシーで市内のに向かい宿を取る。

13日天候曇り、8:00市内散策、途中八重山の島々の貴重な考古・歴史資料・美術工芸品・民具・農耕・漁具などを通じて八重山の歴史と文化を知ることができる石垣市立八重山博物館を見学後バスで空港に向かう。

10:35石垣空港出発与那国に向かう、11:05与那国空港到達、レンタカーで観光、標高100m付近の岩肌をくりぬいたような岩山、ティンダハナタを訪れ、天然の展望台から祖納集落やナンタ浜を一望する。

島の中心地に向かって与那国島に生息する世界最大の蛾ヨナグニサンのほか、島の動植物をビデオなどでわかりやすく紹介、周囲には自然遊歩道もあり、豊かな自然を体験できるアヤミハビル館を見学。

東に向かい、牧草に覆われた断崖の岬に立つ東崎灯台を訪れてから東岸を南下して、階段状に海へ続く断崖のサンニヌ台があり、遊歩道沿いにまさに軍艦か潜水艦のような岩、軍艦岩を間近に望む。少しはなれたところに険しい断崖が続く海岸線の沖合いにそそりたつ奇岩、島のシンボルになっている立神岩を望む。

東岸から南岸に向かい、人気テレビドラマDr.コトー診療所の撮影が行われた比川浜に建つDr.コトー診療所を見学。

西に向かい久部良集落の西に位置し与那国の西端であると同時に日本の最西端、日本で最後に沈む夕陽を眺める西崎を訪れる。

クブラバリ、ダンヌ浜に寄ってから集落にある昔の生活用品や農耕道具などが集められ台湾と交流が深かったかつての島の生活もかいま見ることができる与那国民俗資料館、島の伝統織物である花織やドウタティを継承している工房、与那国伝統工芸館を訪れる。

与那国飛行場に戻り15:55出発、16:30石垣空港到達、バスで市内に向かう。
街を散策し食事を済ませてから宿を取る。

14日天候雨、風強い、石垣港離島フェリー乗り場から7:20小浜島に向かう、7:45小浜島到達、レンタカーで観光、島の中央よりやや北側にある標高99mの島で一番高い山、八重山諸島を見渡す展望台のある大岳を訪れる。

西に向かい島の北西、西表を望む小高い丘に設けられた、ドラマちゅうさんで撮影されたちゅうさん展望台を訪れる。島の中心部に戻り集落内に国の登録文化財にもなった沖縄家屋、ドラマではヒロイン、えりぃの生家、こはぐら荘を訪れる。

港に戻り9:15の高速艇で石垣港に戻る。9:40石垣港到達、すぐさま10:00の高速艇で竹富島に向かう。10:10到達、竹富島の伝統文化や芸能、自然を音声や映像で紹介する竹富島ゆがふ館を見学後バスで中心地の集落に向かう。

日本最南端の寺院、先代住職が集めた島の歴史・民俗資料・工芸品など約4000点を展示している喜宝院蒐集館を見学後集落を散策、赤山公園に立つ塔、美しい町並みの集落が一望できるなごみ塔を訪れる。民家の屋根に乗るアートである楽しい仲間たちシーサーを確認する。

バスで港に戻り11:45高速艇で出発、11:55石垣港到達、レンタカーで観光、最近はバラエティ番組などでおなじみの具志堅用高、世界タイトルを13回も防衛した日本の誇る名ボクサーの具志堅用高記念館を見学。

北に向かい海底のサンゴ礁が隆起して永い時間かけて形成された鍾乳洞、全長3,2kmの内660mが公開され、海底の砂紋やサンゴ、貝類の化石もはっきりと鑑賞できる石垣島鍾乳洞を訪れる。

従来の100倍の精度で銀河系を観測し、精密な立体地図を作る天文広域精測望遠鏡プロジェクト、VERAの観測拠点、直径20mの壮大な電波望遠鏡を持つ国立天文台VERA石垣観測局を訪れる。

市内に戻り八重山を代表とする泡盛ブランド請福の本社にある、昔の泡盛造りの道具や瓶のラベルなどが展示され、泡盛の歴史を知ることができる請福酒泡盛博物館見学、八重山と琉球の歴史をふれる沖縄最古の木造建築物、桃林寺、権現堂を訪れる。

1819年建造された上級士族の邸宅で国の重要文化財、庭は国の名勝になっている宮良殿内訪れてから、戦後の八重山民政府知事、吉野高善氏の陶器コレクションや八重山地方の民具、家具、歴史資料など6000点を展示している南嶋民俗資料館を見学。

石垣空港に戻り16:40ジェット機で出発、19:50関西国際空港到達。

今回の旅行、先月に続き八重山諸島を訪れる。

日本最西端の島、牧草地が点在し与那国馬や牛がのんびり草を食み、世界最大級の蛾、ヨナグニサンが生息し、謎の海底遺跡や奇岩など神秘の島与那国島、ドラマちゅうさんの舞台として一躍有名になった、八重山諸島のほぼ中心に位置し八重山てんぶす(へそ)と呼ばれ小高い島の中央にある集落には昔ながらの家屋が残り、周囲にはサトウキビ畑が広がる小浜島、赤瓦の家屋、白砂の小道、咲き誇る南国の花々、周囲9,2kmの小さな島には八重山の美しい原風景が残っている竹富島、大自然と都市機能を併せ持つ八重山の玄関口、石垣島観光堪能しました。

八重山の島で訪れてないのは波照間のみとなりました。次回チャレンジしたいと思います。






飛行機で国内&海外の観光地巡り第十六弾:石垣&西表&黒島観光
2007年12月22−24日

今回は八重山諸島の石垣島、西表島、黒島に行ってきました。

22日14:35関西国際空港出発、16:55那覇空港到達、18:45那覇空港出発、19:45石垣空港到達、タクシーで石垣島中心地の石垣港付近で宿を取る。

23日天候曇り、7:20石垣港から高速艇で西表島大原港に向かう。
7:55西表大原港到達、レンタカーで観光、南下して島の南端、南風見崎の西に広がる白砂の浜、南風見田の浜を訪れてから島の東側から北上する。

古見のサキシマスオウノキ群落に寄ってから船浦大橋の上から船浦湾に流れ込むピナイ川の上流にある細く長い滝、55mの落差のあるピナイサーラの滝を確認。
北端の幸運のお守りとして知られる星砂で埋めつくされたビーチ、星砂の浜を訪れる。
西海岸沿いを南下して浦内川河口から大きく弧を描くように続くビーチ月ケ浜に寄り、島の西端の終点の白浜集落に到達。

戻って浦内川の遊覧乗り場から遊覧船で川をさかのぼり、途中マングローブや巨大なシダの群生を見ながら軍艦岩に到達、ジャングルをトレッキングしながら二つの滝、マリユドゥの滝、カンピレーの滝を見学する。

北から西に戻り西表島から水牛車に揺られて約15分かけてのんびり渡って亜熱帯植物楽園由布島を訪れる。周囲2kmほどの小さな島でヤシなどの亜熱帯の樹木が茂り、色鮮やかなハイビスカスやブーゲンビレアが年中咲き乱れる植物園の島です。
東海岸を南下して全長17,5km両岸にマングローブ林が広がる仲間川をさかのぼる遊覧船に乗って観光、中流の船着場から徒歩で日本最大のサキシマスオウノキを見学。

17:20西表大原港高速艇で出発、17:55石垣港到達、宿に戻ってから石垣島の繁華街を散策しながら食事を済まして宿を取る。

24日天候、朝方曇り、昼過ぎ一時強い雨、のち晴れ、8:20高速艇で波照間に向かう予定でしたが悪天候のため欠航が予想されるため急遽黒島に変更。

8:00石垣港出発、8:25黒島港到達、レンタサイクルで島一周、南に向かい海がめの生態調査を行なっていて、標本展示のほか稚ガメの水槽なども見学できる黒島研究所を訪れる。
島の西側にある潮が引くとサンゴに囲まれた天然のプールになり色鮮やかな熱帯魚が泳ぎ回る海、仲本海岸に寄る。
ハート型をした島のとがった先端部分にあたる場所にポツンと立っている黒島灯台を訪れる。
ここから島の中央部に向かい、島で一番大きい集落、昔ながらの家並みが見られる集落を見物、島の中央に位置する島一番の高台、360°牧場の島を展望できる黒島展望台を訪れる、北に向かい昔の桟橋で全長380mあり八重山の島々を綺麗に望む。
西に戻って西表島や新城島を望む雄大なサンセットポイントで4月から9月には海がめが産卵にやってくる静かなビー西の浜を訪れる。

10:35黒島港出発、11:00石垣港到達、レンタカーで島一周、西側から北上して島の西端にある岬、雄大な海原をおおう夕焼けが美しい御神崎を訪れてから東に向かい日本百景に選ばれた八重山随一の景勝地、川平公園を訪れ、吉原集落に近いパーキングエリアから川平湾を見る雄大な光景を望む。

沖縄県最高の於茂登岳の山麓に自生するヤシ林、米原のヤエヤマヤシ群落を見学し島の最北端に向かう。
白い灯台とエメラルドグリーンの海とのコントラストが美しい石垣島最北端に位置する平久保崎を訪れる。
西側を南下して石垣島の陸地が最も狭まったエリアを眺める玉取崎展望台で望む。
島の中央に向かってリュウキュウマツやヘゴなどの熱帯植物が群生する森林公園、展望台が点在するバナンスカイラインをドライブしてから西に向かい八重山地方の伝統的な屋敷やミンサー織りなどを紹介するテーマパーク、八重山民俗園を見学。
西南に向かい、石垣島でイギリス人の兵士に処刑された中国人労働者の御霊を祀る墓、鮮やかな彩色と細かな細工が目を引く唐人墓を訪れる。

16:35石垣空港出発、19:40関西国際空港到達。

今回の旅行、八重山諸島、大自然に囲まれた八重山の玄関口、多彩な店が軒を並べる中心地と海や山に亜熱帯の大自然が広がる石垣島、島の大部分が亜熱帯のジャングルに覆われ、イリオモテヤマネコなどの貴重な生物が生息し、アウトドア系の各種のスポーツも豊富な東洋のガラパゴス、西表島、ハート型の島で牛が人口の10倍以上飼育する牛島として有名な黒島観光堪能しました。